第3話 異世界屋台事情

出発は三日後と言われ、イツキとイチカは取り敢えず部屋の中にいた。


「出発は三日後かぁ…ねぇイツキ。剣術って使えるの?」

「使えるわけないじゃん!剣道の経験すらないんだから!」

「ソードマスターの称号貰って恥ずかしくないのか!ソードマスターイツキ!ブフッ!」

「結局笑うじゃん!」


ヒドイ、ヒドくないと二人が言い争っていると突然コンコンと控えめのノックが聞こえてきた。


「はい、どうぞ」


イツキがそう言うと静かにドアが開かれた。

入ってきたのは、綿菓子のような緩いウェーブの掛かったクリーム色の髪に群青色の瞳。耳は長く、花のような可憐さを持った少女だった。


「失礼致します。初めまして、わたしはハーフエルフのライラと申します。シア様のご命令にてお二方のお世話をさせて頂きます」

「あ、ああ、どうも。僕はイツキと言います。こっちは妹のイチカです。よろしくお願いしますライラさん」


かなり恭しくされてイツキも敬語で返した。


「敬語は必要ありません、名前も呼び捨てで大丈夫ですよ」

「いえいえ初対面にそんないきなり……」

「お二方はこの世界での唯一の救世主なのです。どうか気兼ねなく接してくださいませ」

「それじゃよろしくねライラ!」

「イチカちゃんはもうちょっと遠慮しなよ!?」


イチカの軽いノリにイツキは咎めようとするが、ライラは何処か微笑ましそうに二人を眺めているだけだった。


「イツキ様もわたしをライラと呼んでください。勿論敬語なしで!」

「いや、でも……」

「お世話係のわたしを敬語や敬称で呼ぶとシア様に怒られてしまいます。ですのでどうか気楽にしてください」

「……分かった。よろしくね、ライラ」

「はい!」


何故敬語を使うと怒られてしまうのか分からないが、それがこの国のルールなら郷に従うのが一番だと判断し、正直初対面相手に敬語無しで喋るのは失礼じゃないかなとビビりながらも頑張って敬語を外した。


「イツキ様、イチカ様。何かご要望があれば遠慮なくお申し付けください」

「要望って言っても……」

「観光!国の中見てみたい!」

「ちょ、イチカちゃん!」

「みーたーいー!」

「ごめんなさい我が儘な妹で!」

「いえ、気にしないでください。良いかどうか確認してきますね」


そう言ってライラは部屋から出ていった。

イツキはホッと息をつくとイチカに呆れた目を向けた。

しかし、イチカはそっぽを向くだけだった。

程なくしてライラが戻ってきた。どうやら一日だけなら良いと許可が下りた。



「「わー!!」」


立ち並ぶヨーロッパのような建物に行き交うのは多種多様の種族達。

これぞ異世界!と言わんばかりの光景に二人は感嘆の声を上げた。

イツキの頭の上に乗っかっているイチカは落ち着かなくキョロキョロと周囲を見渡している。


「ねーねー!何か美味しそうな屋台とか無い!?」

「少し奥に行けば露店が沢山あります」

「わーい!異世界の屋台だー!」


イチカはご機嫌に尻尾をブンブンと振り回した。


「イチカちゃんイチカちゃん。あまり尻尾振り回さないで?当たると地味に痛いんだよ?」


興奮のあまりイツキの後頭部を尻尾で叩いてしまっていた。まるで皮のベルトのようで痛い。


「……あれ?ねぇ、あそこに凄い人集りができてるよ」

「ほんとだ……」


一つの露店に人が集まっているのを見てイツキは思わず足を止めた。

女性客が多く、その殆どが頬を赤く染めてポーッとした表情で商品を見つめていた。


「あれは一体、何のお店なの?」


気になったイツキはライラにそう尋ねた。


「あのお店ですか?あれは…グッズ屋ですね」

「グッズ屋!?」

「そんなものがこの世界にもあるんだ……」

「あの人集りを考えると、恐らくシア様のグッズ狙いでしょう」

「王族のグッズ売られてるんですか!?」

「シア様は国の広告塔としても活動しているんです」

「王族がアイドル活動なんて初めて聞くんだけど」


しかしあの絶世の言葉が良く似合う美貌なのだ。女性達が夢中になるのも無理は無い。


「シア様って、婚約者とかいるの?」

「いえ。わたし達のような長命種は子供を作るという意識が低いので、婚約とか許嫁は基本作らないんです」

「後継ぎっていう概念が低いんだね」

「そうですね。養子を取って隠居生活に入るのが殆どです。先代魔王様が正にそうです」

「そういえば、王様もシア様も養子っていっていたね」


異種文化の価値観や考え方にイツキは興味深そうに頷いた。


「ねーねー。それよりもご飯食べようご飯」


しかしイチカはそれよりも異世界の屋台事情が気になるようでイツキの頭をペシペシと叩いた。

イツキはイチカの催促にはいはいと返事し、ライラも微笑みながら再び案内を始めた。


「美味しい!この幼虫すごく美味しいよ!!」

「…………」


屋台通りと呼ばれる地区に来たところでイチカが真っ先に興味を持ったのは、カブト虫の幼虫に似た虫の素揚げだった。

悪食というわけではないが、イチカは昆虫食に抵抗は無い。そのためバクバクとスゴイ勢いで幼虫を食べていく。

ライラも抵抗なく普通に食べている。


「イツキ様は召し上がらないのですか?」

「ごめん、虫はちょっと苦手なんだ……」

「あ、じゃああれはどう?美味しそうな匂いがしてるし」

「え?」


蒸籠せいろうに似たもので何かを蒸している店に視線を移す。


「すみません。何を蒸しているんですか?」

「ああ。怪鳥ウイルバードの雛の蒸し焼きさ」

「え……ひっ!?」


店主から中身を見せられ、イツキは小さな悲鳴を上げて後退りした。

産まれたばかりで羽根の生えてない、手のひらサイズもある雛がそのまま蒸されている。蒸し器からはいい匂いがして食欲をそそるのだが、見た目のインパクトが相まってイツキはどうしても食べる気が起きなかった。

しかしイチカは今にも涎を垂らしそうな勢いで目を輝かせている。

結局雛の蒸し焼きを買ってしまった。


「情けないなぁイツキは。ターキーは平気なクセに」

「それとこれとじゃ事情が全然違うんだよ!!」

「バロットよりは良いと思うけどなぁ。それにしても流石雛鳥。骨も柔らかくてしっかり出汁の味もあってヒンナヒンナ。雛だけに」


バクバクと雛鳥の蒸し焼きを胃袋に納めていくイチカ。


「あの、イツキ様。良ければこのサンドをどうぞ」

「ありがとうライラ!これだよこれ!」


玉子とベーコンが挟まったシンプルなバゲットサンドにイツキは歓喜しながらようやく食事にありつけた。


なんだかんだで三人は異世界の屋台巡りを楽しんだ。


「〽︎Where are you going to Scarborough Fair Parsley sage rosemary and thyme Remember me to one who lives there She once was a true love of mine ♪」


美味しいご飯を食べてすっかりご機嫌になったイチカはスカボロー・フェアを歌い出した。

鈴を転がすような歌声は側にいるイツキやライラに癒しを与えた。


「不思議な言語ですね。お二方の世界の言語でしょうか?」

「そうだね。僕達の世界じゃとても有名な歌なんだ」

「どういう意味なんですか?」

「簡単にいうと、スカボロー市場に恋人がいるからよろしく伝えてくれって意味、かな……」


様々な考察が語られる歌詞ではあるが、一番目の歌詞は大体そんな感じだった気がしたのでざっくりとそう説明した。


「それにしてもイチカ様はなんて美しい歌声をしてるのでしょうか。素晴らしいです!」

「イチカちゃん、凄く歌が上手いもんね」


ユーテーバー動画の歌ってみたでもユーザーからの評価はとても高い。


その後も市場を回り続け、気がつくと日が傾き始めていた。

楽しい時間はあっという間だとイツキは思った。

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