第2話 謁見
「〽︎テレビも無ェ ラジオも無ェ
ピアノも無ェ バーも無ェ
ナャ 朝起ぎで 牛連れで
二時間ちょっとの散歩道
電話も無ェ
バスは一日一度来る♪」
「…………」
高級ホテル並みの豪華な部屋に綺麗な歌声が響く。
朝起きて夢じゃないと理解してがっくりと肩を落とす一方で、イチカは適応したのか歌を歌い始めた。
ただ、どういう心情でその歌詞をチョイスしたのか気になるところではあるが……。
「──部屋に入ってきても構わないかい?」
「あ…ど、どうぞ…」
イツキが許可すると、ドアは静かに開かれた。
入ってきたのは、昨日森で出会った美しい青年と、豪華な食事が盛られた台車を運ぶ給仕の女性。
「やぁ、気分はどうだい?」
「気分は…大丈夫です。まだ、状況は飲み込めてませんが……」
「そうだろうね。君達に色々話さなくちゃいけないから、朝食の一時間後にまた来るよ」
「分かりました」
青年はそういうと給仕と共に部屋から出ていった。
食事を確認する。
「……至って美味しそうなご飯だ……」
「なんか、あたし達のいた世界とはそんなに変わらないね。異世界だからどんなご飯が出るんだろうって、少しだけ期待したけど」
「……とりあえず食べようか。いただきます。うん。すごく美味しい」
「すごい…お肉柔らかいし、ソースも美味いし、サラダも食べやすい。食文化が発達してるのは良い事だよ」
二人は食事に舌鼓を打ちながら、非常に満足な朝食を終えた。
それから一時間後、予告通り青年が二人を迎えにきた。
「ご飯どうだった?口に合ったかい?」
「はい。凄く美味しかったです」
「それは良かった。食文化や生活水準は他より発達してる自信はあるけれど、異世界人の口に合うのかまでは分からないからね」
非常に長い廊下を歩く度に、様々な人とすれ違う。
ゲームの世界でしか見た事ない異種族達が忙しなく仕事をしている。
そして青年が廊下を進んでいくと鎧を纏った兵士や使用人達が壁際に立ってお辞儀をしている。
「ふふ、そんなに珍しいかい?」
「え、あ、はい。僕達の世界では人間しかいないので。それに、こんな立派なお城も初めてで……」
「そうかい」
青年は微笑みながら、二人を連れてある扉の前に立った。
かなり豪華な扉だ。
青年がノックをすると「入れ」と男の声が返って来た。
「お邪魔するよ兄上」
一言断りを入れてから扉を開ける。
会議室なのだろうか、長テーブルの奥に一人の男が座っていた。
年齢は二十後半程度だろうか、燃え盛る炎のような髪に、鉄の目隠しで目元を覆った美丈夫が座っている。
服の上からでも分かるぐらいガタイも良いので妙な迫力があった。
更にその男の周りには純白の鎧と兜を身に纏った五人の騎士も待機している。
ただでさえ両親以外の大人が苦手なイツキは、あまりの圧迫さにイチカをぎゅっと抱きしめた。
「……ほらほら皆んな。彼、怖がっているじゃないか」
「元からこうなんだから仕方ないだろ」
「大丈夫大丈夫。別に尋問するつもりはないからリラックスリラックス」
青年は怯えるイツキを宥め、椅子を引いて座るよう促す。
イツキはおどおどしながら引いてくれた椅子に座った。
「さて。まずは昨日、挨拶に来なかった事を謝罪しよう」
「い、いえ…お気になさらず…」
「私はフィドゥ。この魔国アルテニアの王を務めてる。そしてお前の隣に立っている奴が弟のシアだ」
「お、王弟殿下だったんですか!?」
「ふふ、驚いた?」
いや、周りの反応や態度を見て薄々身分の高い人なんだろとは思っていたが、改めて言われるとやはり落ち着かない。
「ぼ、僕はイツキ…こっちは妹のイチカ…です」
「ふむ…シアから聞いていたが、その白いドラゴンは一応人間、なんだな?」
「多分……」
「多分、じゃなくて立派な人間だよバカイツキ!」
「わぁああ!ごめんって!だから噛まないで!」
多分と言われた事が不服なイチカはイツキの手に噛みついた。
「さて、まずは状況整理と説明に行こうか」
「は、はい!」
「私達の世界はね、ざっくりと大きく二つの領土が分かれているんだ。それが人間の住む領土。そして、私達が今いる魔族の領土」
「ここ、人の領土じゃないんですか!?」
「こんな立派な牙の生えた人間はいるかい?」
そう言ってシアは上唇を上げてイツキに鋭く伸びた牙を見せる。
「チラチラ見えてはいたけど、やっぱり吸血鬼なんですか?」
「おや、その種族はご存知なんだね?ご明察。ちなみに兄上は人狼種なんだ」
「吸血鬼じゃなくて?」
「私達は先代魔王の養子なのさ」
「世襲じゃないんですね」
「一番強い者が魔王になるのが基本だったんだけど、父上が人間と平和条約を結んでからは力じゃなく政治能力を重視する事にしたんだ。兄上は内政を、私は外交…とね」
「兄弟で協力し合っているんですね」
「その通りさ。お陰で私達は敵なし!」
「シア。話しがズレてるぞ」
「おっとすまない兄上」
シアはゴホンと咳払いをしてから話を続ける。
「さて、この世界では一つ、大きな問題を抱えている」
「大きな問題?」
「そう。先々代魔王が残した呪いさ」
シア曰く、千年前は人間と魔族の争いが激化していたらしい。しかし、勇者と異世界から来た聖女の力によって魔王は討伐された。
しかし魔王は最期の力を振り絞り、呪いを地に根付かせた。
呪いは大地を蝕み、生命を脅かしていった。
聖女は呪いを祓おうとしたが、呪いはあまりにも強力過ぎて一時的に抑える事しかできなかった。
呪いを祓えるのは聖女の力のみ。しかしどういうわけか、他者や自分の子供にその力を継承させる事ができなかった。
その結果、異世界から人を呼んで継承させるしかなかった。
「呪いは百年に一度現れる。そして聖女召喚の儀が行われるのはここから遥か西の大陸にある聖国アルマタイルのみ。そこで君達は召喚されるはずだった」
「だったらどうして……」
「魔族の土地に召喚されてしまったのか…それが謎なんだよね。それだけじゃない。人間の領土のみ植えつけられた呪いが今になってここにも進行してきたんだ。先遣隊から報告が上がった時は本当に驚いたよ。何しろ聖女の力は私達魔族にとっては弱点だし、かと言ってあの呪いを浴びれば理性を失い死ぬまで暴れ回る。君達が現れるまで本当に…本当に大変だった……」
「…………」
かなり痛手を受けたのだろう。シアもフィドゥも沈痛な面持ちで重い溜め息を吐いた。
「どうして聖女がドラゴンなのか、男性の方も召喚されたのか、色々イレギュラー過ぎる……」
「あれ?あたし聖女なの?」
「あれだけの呪いを祓ったんだから聖女では?」
「いや、あたし全然知らないんだけど……」
「ふむ…レペティア。鑑定を頼む」
「承知しました」
レペティアと呼ばれた、耳の長い女性がイチカの前まで歩み寄る。
「失礼しますイチカ様」
一言断りを入れて、純白の杖を翳すとなにやら文字が浮かび上がってきた。
「……どうだい?」
「【聖竜】と表示されております」
「聖女じゃなくて聖竜かぁあたし……」
「ふむ。じゃあ、そちらの彼は?」
「イツキ様は……」
ジッとイツキの前に浮かび上がった文字を見つめる。
「【聖竜の護り人】と書かれております」
「え、僕がイチカちゃんの護り人?」
「具体的にどんな能力を使えるとか、分かる?」
「……ソードマスターと」
「ソードマスター…イツキが、ソードマスター?……ソードマスターイツキ…ぷ、あはははははは!!ソードマスターイツキとかあはははははははは!!」
「ちょっとイチカちゃん!?」
「え…急に笑い出してどうしたの?こわ……」
「ごごごごごめんなさい!この子ちょっと笑いの沸点が低いんです!」
急に笑い出したイチカに周りは明らかにドン引いていた。
彼女が急に笑い出した原因は、恐らくヤマトなあれの漫画のせいだろう。
正直、ソードマスターと聞いてイツキもあの絵が脳裏に過ぎってしまった。悔しい。
「……え、え~と…。不肖妹が失礼しました。僕達はこれからどうしたらよろしいのでしょうか……」
「呪いは既に出始めている。なら、巡礼が妥当だろうさ」
「巡礼……」
「我が国にも呪いが進行してる今、残念ながら君達には旅に出て貰わなくてはいけない。拒否権は無いと思ってくれたまえ」
「シア」
「仕方ないだろう兄上。呪いが強力過ぎて解析もままならないんだから」
シアの容赦無い物言いに咎めるようにフィドゥは名前を呼ぶが、シアはただ首を振るだけだった。
「あの、戻る方法はあるんでしょうか……」
「……レペティア」
「……私は過去に、何度か異世界から呼ばれた聖女様にお会いした事がありました。けれど、元の世界に戻れた話しは一切聞いておりません……」
「そ、そんな……。まだ夏休みの宿題も終わってないのに、撮り溜めたアニメの観賞会とか詰みゲーとか、ようやくユーテーバーの登録者数千人超えたから記念動画の計画も立てていたのに……!?」
「ちょっと待って…それじゃあたしずっとこのまま?人間に戻れないの!?折角バイトで貯めて一番良い席の予約チケット取れたのにミクちゃんのライブはもう観れないってこと!?」
イツキとイチカは絶望し、泣き崩れる。
良くも悪くも俗世に染まりきってる二人にはあまりにも非道過ぎる仕打ちだった。
「そんなに悲観しないで。大丈夫、レペティアがなんとかしてくれるさ!」
「え……?」
突然の無茶振りにレペティアは思わずシアを見つめた。
「お願いします神様仏様レペティア様!お助けください!あとドラゴンはカッコいいけどどちらの姿にもなれる能力くださいいいいい!!」
「お願いです!元の世界に戻れる方法見つけてください神様仏様レペティア様あああああ!!」
二人はレペティアにしがみつき必死に懇願した。
明らかに彼女の負担が大きすぎるが、本人達は切羽詰まっているのか全く気付いていない。
レペティアはフィドゥに視線を向けた。フィドゥは静かに顔を逸らした。フィドゥの側で待機してる四人の騎士達からも、兜越しから憐れみの視線を向けられているのに気がついた。
彼女は舌打ちした。
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