第18話 恐るべき新聞

「朝ですよ師匠! 起きてください~!」


 カンカンとフライパンを打ち鳴らす音が聞こえてくる。

 私はベッドの上でもぞもぞとしながら、冬眠から目覚める熊のような気分で上半身を起こした。


「わあ、すごい寝癖! 直さないと!」


 私のすぐそばに立っていたのは、ピンク色の髪が印象的な女の子。

 ブラシを握り、私の髪をなめらかにいていく。

 私はされるがままの状態だ。


 もう朝だっけ? 今何時? あ、朝日が差し込んでる。夜更かし大好物の魔法使いにとってはちょっと眩しすぎるけれど――ってそうじゃない!


 私はとんでもない事実に気がついた。

 すぐ近くでてきぱきと働いているのは……どう見てもベイリー魔道具店の店員さん、シャイナさんだった。


「ふぇ……あの……シャイナさん……? これ夢……?」

「夢じゃないです! 今日から私が師匠のお世話をしますから! 朝ごはんもできてますよ、食べてください!」


 脳が急速に覚醒していった。

 私は昨日、マドワ村を襲っていたメザーデビルの呪いを解決した後、シャイナさんのお店で家具一式を購入して山御殿やまごてんに帰投した。


 収納シュノー操作ラズオを駆使して椅子やテーブルを設置した結果、簡易的ではあるけれど、それなりにお洒落なリビングとダイニングが完成。後は明日やればいいや――といった感じでベッドに倒れ込んだのだ。


 で、起きたらこれだ。

 そういえば、シャイナさんには私の家の場所を教えていた。

 弟子になりたいって言うけれど……さすがに乗り込んできてお世話を始めるのは想定外だ。


「ほら師匠、目玉焼きとトーストです! どうぞ召し上がってください!」

「は、はい……」


 シャイナさんに腕を引っ張られてダイニングへ。

 テーブルの上には、ほかほかと湯気を立てるスープ、トースト、目玉焼きが並べられていた。あまりにも美味しそうだったので、お腹が「ぐう」と鳴ってしまう。


 私が椅子に腰かけると、シャイナさんも私の対面に座った。

「いただきま~す」と元気よく挨拶をしてから、むしゃむしゃとトーストを食べ始める。

 私も恐る恐るトーストに手を伸ばした。

 食べていいのかな? 無警戒すぎる? でもシャイナさん、とってもいい人そうだし……。


 まあいいか。目に前に美味しそうなご飯があるのに、食べないのはむしろ失礼だ。

 私はトーストをつかむと、ぱくりと口に運んでみた。

 さくさく。ふわふわ。美味しい……。


「師匠、どうですか? 料理にはちょっと自信があるんです」

「お、美味しい、です」

「わあっ! やったあ!」


 シャイナさんは無邪気に喜んでいた。何だかこっちまで嬉しくなってしまう……けど、私には問い詰めておくべきことがあるのだった。


「あ、あのっ。どうして私の家にいるのでしょうか……?」

「昨日も言いましたが、師匠の技を間近で見学するためです! いただいた魔法書でちょっと練習してみたのですが……なかなか上手くいかなくて」

「そ、そうですね、経験ゼロの人には難しいかもしれませんね……」

「なので、師匠の近くにいようと思ったんです。お世話をしているのはそのお礼ですっ。……あ、迷惑だったら言ってくださいね?」

「め、迷惑……では、ありませんけど……」

「よかったあ!」


 私のようなコミュ障に「迷惑だから帰れ」なんて宣言する勇気はない。

 昔から私はこうだ。押しに弱いから、どんどん相手のペースで話を進められてしまう。勇者とのやり取りがいい例である。

 でもこの目玉焼きやトーストは美味しいし……。

 どうしよう……。


「じーっ……」

「…………な、何でそんなに私を見つめるんですか……?」

「師匠はそのままでいてください! 私は見学するだけですので!」


 やりづらい。どうしよう。穴があったら入りたい。

 このままだと胃に穴が開いてしまうのではないだろうか。シャイナさんの魔法を学びたいっていう気持ちは分かるけど……。


 もしシャイナさんが弟子になったらどうなるんだろう?

 美味しいご飯が食べられる。朝起こしてくれる。それに……もしかしたら、シャイナさんと日常的に会話をすることで、コミュ障が改善してパリピになれるかもしれない。

 まあ、すべてはシャイナさんの頑張り次第だ。

 私は何事もない日常を過ごせばいい。


「それはそうと、片付けなくちゃですねえ」

「そうですね……あ、も、もちろん自分でやりますから……!」

「いえいえ! これくらいやらせてください!」


 テーブルの上には昨日買った食器類が並べられている。

 まだ使っていない鍋とかグラスなどは新聞紙で包まれたままだった。こんなことまでシャイナさんのお手を煩わせるのは良くないと思うんだけど……。


「…………ん?」


 そこで私は気づいてしまった。

 鍋を包んでいる新聞紙に、見覚えのある文字列が並んでいる。どうやら昨日の夕刊のようだ。折り目のせいで読みにくいけれど、目を凝らして確認してみれば……、



『勇者パーティーの悲劇 魔法使いアイリスさんの国葬決定』



 そんな文章が書かれていた。

 しかも私がぎこちない笑顔でピースサインを浮かべている写真も載っている。


「………………………………まじ?」

「あれ? 師匠、どうしましたか?」

「………………………………………」


 私は衝撃のあまりカチンコチンに固まってしまった。

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ようやく勇者パーティーを離脱できたので、山つき一戸建てを購入してスローライフを始めます 伊東冬 @itoyuki22

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