第17話 コミュ障に弟子は無理
困った。本当に困った。
私はこれまで魔法使いとしてそれなりに研鑽を積んできたけれど、今まで一度も弟子をとったことは無かった。
だって弟子ができたら会話しなくちゃいけないんだよ?
魔法を教えるために言葉を交わさなくちゃいけないんだよ?
私にとってはナイトメアモードすぎる。これまで「弟子にしてください」と言ってくる人はいなかったわけじゃないけれど、そのたびに「ごめんなさい」で断ってきた。だから今回もそうするつもりだったんだけど――
「私、実は魔法使いになるのが夢だったんです」
「そうなんですか?」
「はい。魔道具店を継ぐのは妹のアルナってことになっています。私は将来、都会に出て魔法使いになりたいなって……」
都会よりも田舎のほうがいいと思うんだけどな……人も少ないし……。
いや、それは個人の感性だ。私にシャイナさんの夢をあれこれ言う権利は無い。
「ど、どうして魔法使いになりたいんですか……?」
「昨今、魔物がたくさん出ますよね。この村にもメザーデビルの呪いが
「はい」
「だから、家族や村のみんなを守れるようになりたいなって。アイリスさんみたいな知識と腕前があったら、多くの人を助けられるんじゃないかって」
魔王が出現してから十数年が経つ。
ということは、シャイナさんは生まれた時から魔物の災厄を体験している魔王世代だ。小さい頃から色々と思うところがあったに違いない。
でも……。
「私じゃなくても、魔法を使える人は他にもいると思うんですけど……」
「いません。この村には魔法オンチばっかりなんです。お父さんは道具に魔力を込める技術を持ってますけど、魔法として発動することはできません」
まあ、確かに魔法を使える人間は都会に偏る傾向がある。
大きな街だと魔法学校があったりするからね。
私は通ったこと無いけど。
「だから、アイリスさんしかいないんです! 私に魔法を教えてください!」
「そう言われましても……」
「お願いです! 教えてくださいっ」
「いやあ……」
「お願いですお願いですお願いですお願いですっ」
「ひいいいいっ」
シャイナさんはバーサーカーのように詰め寄って来た。私はびっくりして思わず逃走。しかしあろうことかシャイナさんは追いかけてくる。地獄の鬼ごっこ開始。
「や、やめてくださいっ! 私は、その、教えるのが得意じゃなくて……!」
「でも! 私も困っている人を助けられるようになりたいんですっ」
「だったら魔法学校に入学すれば、いいと、思うのですがっ!」
「入学試験に合格するためには魔法が使えなくちゃいけないんです~!」
それから五分くらい走った。
夕日をバックに追いかけっこ……全然ロマンチックじゃないのは何故だろうか。
「はあ、はあ、……シャイナさん……体力ありますね……」
「はい! 元気だけなら自信があります!」
「ひええ……」
正直、ここまで熱意があるとは思いもしなかった。
私はあぜ道にしゃがみ込みながら、シャイナさんを見上げた。
夕日に照らされたその表情は、まさに切実。本気で魔法を学びたいと思っていることがよく分かった。これまで弟子入りを志願してきた人たちの中でも、ずば抜けてエネルギッシュだ。
そんな子を冷酷に突き放すのはどうなんだろう……。
でも私はコミュ障だ。弟子として四六時中面倒を見る羽目になったら、たぶん私が人間アレルギーで死んじゃう。
あ、そうだ。いいこと思いついた。
「あの。では。弟子に相応しいか試験をしてみたいと思います……」
「え? 試験ですか?」
「は、はい。よく見てください……
私は微弱な魔力を込めて
それを見たシャイナさんが「ひゃあ!」と歓声をあげた。
「すごいです! 魔道具も使わずに火を起こすなんて……!」
「これは初歩の初歩、
「え、これをですか……!?」
これすら使えないようならば、魔法使いへの道は物理的に無理。
「魔法書をお貸ししますが、私は何も教えません。使えるようになったら、弟子になることを、み、認めますっ……!」
自力で使えるようになるのはかなり大変だ。
一週間全力で取り組めばギリギリ使えるようになるかならないか……くらいの難易度なのである。
もし使えるようになったなら、それはシャイナさんが滅茶苦茶努力したということだ。その際は頑張りを認め、大人しくシャイナさんに魔法を教えてあげるとしよう。なんか上から目線で申し訳ないけど……これはコミュ障なりの精一杯の譲歩なんだ。
「分かりました! 一週間ですね、頑張りますっ」
「は、はい。頑張ってください……」
「それじゃあ、さっそくアイリスさんのおうちにお邪魔します!」
へ?
今何て言った?
「お父さんは、『技術を身につける時は目で見て学べ』って言ってました! だからアイリスさんの近くで過ごして、その魔法技術を見学したいと思います!」
「いや、あの、それは……」
「大丈夫ですっ、ご迷惑はおかけしません! 未来の師匠のために、掃除や洗濯、料理も頑張っちゃいますから!」
「………………」
あの。シャイナさん。
それは想定外すぎるんですけど……?
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