第16話 世のため人のために

 調合するための道具を全然持っていなかったため、ベイリー魔道具店のキッチンを借りることになった。

 ガルの案内で見つけられたのは、色とりどりの素材だ。それを作業台の上に乗せながら、私は鍋に火をかけてお湯を沸かしていく。


「私にできることはないでしょうか……?」

「ひ、一人で問題ないのでお構いなく……」


 鍋の中身が沸騰した。包丁で切った野草たちをパラパラとそれに放り込んでいく。その際、治癒ヒール解毒キュアの魔法をかけることも忘れない。悪魔系の魔物はこれらの神聖な魔法を嫌がるから、呪いには効果抜群なのだ。

 お湯が緑色になってきたところで、今度はキノコや肉を投入していく。しばらく魔法をかけながらお玉でかき混ぜ続けると、やがて強烈な異臭が発生し始めた。


「ぐっ……こ、このニオイは……」

「あ、シャイナさん。換気お願いします。に、ニオイで気絶しちゃうとマズイので……」

「はいっ」


 ガラリと窓が開けられ、清浄な空気が入り込んでくる。最初に開けておけばよかったな。久しぶりすぎて色々と忘れている。

 でも……薬はあとちょっとで完成だ。

 私はお玉で緑色の薬をすくうと、味見のためにペロっと舐めてみた。

 その瞬間、


「オエエエエエエエエエ!」

「きゃああ!? 大丈夫ですか、アイリスさん!?」


 強烈な吐き気を催してその場にへたり込んでしまった。シャイナさんが慌てて私の背中をさすってくれる。差し出された水を受け取りながら、


「か、完璧です。良薬は口に苦しって言うので……これならメザーデビルの呪いもイチコロです……」

「アイリスさんがイチコロになってますけど……」

「人体に害はありませんので……」


 味については本当にごめんなさい。

 これでも香辛料とかで臭みを抜いたほうなんです。

 私はゆっくりと立ち上がり、鍋に蓋をしてシャイナさんに向き直った。


「と、とにかくこれで完成です。これを毎日飲めば、だいたい三日くらいで元通りになるはずですよ」

「ほ、本当ですか……!」

「さっそくお父さんに飲ませてあげてください」


 私とシャイナさんは薬をコップに注ぐと、お父さんの部屋へと向かった。

 お父さんはベッドの上で女の子と話していた。あれがシャイナさんの妹だろう。剥いたリンゴをあーんで食べさせようとしている。


「あ、お姉ちゃん! ……と、魔法使いさん」

「アルナ、ちょっとどいてて。薬を持ってきたから!」

「え? 何それヘドロ? すごい色してるんだけど……!?」


 妹さんが鼻をつまんで退避していった。その選択は正しい。


「何だシャイナ……薬だと……? そんなもん飲まなくても、俺は……」

「いいから! アイリスさんが作ってくれたの!」

「へぶっ」


 息も絶え絶えといった様子のお父さんの口に、アイリスさんが私特製の薬をぶち込んだ。強引だね、シャイナさん……。


「ど、どうかな?」

「ウ……」

「う?」

「ウゲオアッ……!」


 お父さんはそのままガクリと意識を失ってしまった。これを見たシャイナさんと妹さんは大慌て。気絶したお父さんをガクガクと揺さぶって絶叫する。


「お父さん! お父さん! しっかりしてよ!」

「ねえそこの魔法使い、本当に大丈夫なの!? お姉ちゃん騙して変な薬を作ったんじゃないでしょうね?」

「そ、そんなことしないです! ほら見てください、お父さんの首筋を……!」


 二人は言われた通りに患者の首を確認した。メザーデビルの呪い……『×』のマークが、徐々に薄くなっていくのだ。これは薬がきちんと効いている証拠に他ならない。


「ほ、本当だ……! 印が消えてく……!」

「印って何? お姉ちゃん」

「呪いの印だよ! それにほら……お父さん、全然苦しそうな顔をしていないよ。心臓もちゃんと動いてるし、呼吸も正常みたい。眠ってるだけだよ!」


 シャイナさんと妹さんの表情がぱあっと輝いていった。

 上手くできたようで良かった。回復薬はよく作っていたけれど、メザーデビルの呪いを解く薬を作るのは久しぶりだったしね。

 一仕事終えたことで安心していたら、シャイナさんが急に振り返って私の手を握ってきた。


「ありがとうございます、アイリスさん! なんてお礼をしたらいいか……」

「え、えへへ、例には及びませんよ……と、当然のことを、したまでですので。それよりも、他のおうちにも行ったほうがいいと思います。呪いにかかってる人は、たくさんいるので……」


 あんまり感謝されると恥ずかしさで爆発しそうになってしまう。

 この場から逃げ出すためのセリフだったけれど、シャイナさんはますます尊敬の瞳で私を見つめてきた。


「すごいです……まるで英雄みたい……!」

「へ。あ。そ、そんなことないですケド……」

「さっそく行きましょう! 私もお供します! アルナ、お父さんをお願いね!」


 私はシャイナさんに引っ張られて魔道具店を後にした。

 それからは照合シャーゴで浮かび上がった患者のもとを回ることに。誰もが最初は私のことを胡散臭そうに見つめていたが、シャイナさんが「この人の腕前は確かです!」と太鼓判を押してくれたのでスムーズに事が運んだ。コミュ障の私一人だったら、絶対怪しいヤツ扱いされて追い出されていただろうな。シャイナさんには感謝だ。


 そんなこんなで20人の患者に薬を飲ませ終わった頃には、すっかり日が傾いてしまっていた。

 私とシャイナさんはマドワ村の農道を歩いていた。

 田んぼのカエルがげこげこ鳴いている。

 辺りは夕日で茜色に染まっていた。


「すごいです、アイリスさん。一発で治っちゃった人もいましたね」

「薬の効果には個人差がありますから……若い人だと、飲んだ瞬間に元気になっちゃう人もいるみたいです」

「アイリスさんのおかげで、村は救われましたね。村長さんも感謝していましたよ」


 そう言えば、患者の中にはマドワ村の村長さんもいたのだ。

 薬を与えた瞬間、まるで神様でも見るかのような目で見られた。ちょっと困るけれど、人のためになることができたのは嬉しい。


 思えば、勇者パーティーでは人と触れ合うことがほとんど無かった。魔物を倒すことだけに命を懸けていたからだ。だから、こうして身近な人のためになることをするっていうのも……うん、まあ、悪くない気がする。


「あの、アイリスさん」

「?」


 不意にシャイナさんが立ち止まり、私のほうを振り返った。

 ピンク色の髪が風に揺れている。


「アイリスさんって何者なんですか?」

「え」

「神犬も手懐けちゃうし、薬も作れちゃうし……魔法もたくさん使えますよね? そんな人、今まで会ったことがありません」


 そんなこと言われましても。私もシャイナさんには会ったことありませんでしたし……。


「あ、あはは、私はただの魔法使いですけど……」

「でも私、アイリスさんに憧れちゃいました。魔法使いとしての腕前もそうですけど、人のために頑張っている姿がとてもカッコよかったです。だから――」


 戸惑う私をよそに、何故かシャイナさんは決意のこもった目で私を見つめてきた。

 いったい何を言い出すのかと思って身構える。

 シャイナさんは、ぺこりと頭を下げてこう言った。


「お願いです。よければ、私を弟子にしてください!」


 …………ふぇ?

 ……弟子?

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