第10話 仲良くなれました

『これまでの非礼を詫びよう。あなたがフラール山の新しいあるじだ』


 私の周りにはたくさんのモフモフたちがひれ伏している。

 その中でも一際大きいモフモフ……神犬しんけん族のおさ、ガルがうやうやしい態度で私を見つめていた。


 辺りは真っ暗な森。

 ゴブリンたちは炎で消し炭となり、残されたのは平和な静寂だ。月明りがガルたちの白い毛並みを照らしていた。


「えっと……主と言われましても」

『主がいなければ神犬族は滅びていた。あなたは山の恩人だ……そして神犬族を使役するに相応しい器を持った魔法使いでもある』


 アオオオオオオオオオオン――……

 急にガル以外の神犬たちが吼え始めた。あまりに突然だったのでびっくり仰天。死ぬかと思った。


「な、な、なな、何……!?」

『皆、そなたのことを主と認めたのだ。これからは山の支配者として我々を導いてくれると嬉しい』

「そんなぁ……」


 私は陰か陽でいえば確実に陰の人間なのだ。誰かの上に立つなんて考えられない。ボスとかリーダーみたいな役職は、勇者のようにキラキラした人間に頼めばいいのに……。


「と、とりあえず帰っていいかな? 眠くなってきちゃって」

『承知いたした。神犬族一同でお送りしよう』


 私が歩き出すと、総勢9匹の神犬たちがぞろぞろとついてきた。

 まるで群れのボスに従う犬のように……ってそのまんまじゃん。

 このまま黙っていたら、私はこの子たちのボスになっちゃう。コミュ障の魔法使いとしては是非とも避けたい展開だ。


「あ、あの! やっぱり私は主に相応しくないっていうか」

『どうしてだ。不都合でもあるのか』

「不都合というか……」

『なるほど……我々が部下に相応しくないということか。確かにゴブリンには後れを取ってしまったが……』

「わあ、落ち込まないで! ガルはとっても勇敢でかっこいいよ!」


 慌ててフォローしてあげると、ガルは無言で尻尾をぶんぶん降り始めた。分かりやすいね、きみ。ちょっと可愛い。


「と、とにかく。私は引っ越してきたばかりだから何も知らないの。落ち着くまでは主とかにはなれないかなあって……」

『ふむ、では仕方ない。保留ということにしようか』

「うん。……あ、私はこの山に住んでもいいのかな?」

『無論。このフラール山はあなたのモノだ』


 なんというか、本当に従順になっちゃった。

 これだけ大人しかったら、そのモフモフした尻尾を触ってみてもいいかな? 駄目? うん、駄目だよね。今日のところは我慢しておこう。


『主。我々では心許ないかもしれないが、困ったことがあったら遠慮なく呼んでくれ。神犬族の誇りにかけて、すぐに駆けつけよう』

「うん、よろしく。お隣さん同士、仲良くしようね」

『こちらこそよろしく頼む。……主、そろそろ御宅が見えてきたぞ』

「あ」


 しばらく歩いていると、私の家――山御殿やまごてんが見えてきた。今日は色々とあって疲れてしまったし、すぐにでも眠ってしまいたい気分である。

 私はガルたちのほうに向き直ると、ひらひらと手を振って別れを告げた。


「ありがとね。ここまで送ってくれて」

『大したことではない。……此度こたび、神犬族を救ってくれたことを感謝する。この御恩は末代まで返し続けるとしよう』

「いや、そんな大袈裟なことしなくていいから……じゃ、じゃあ、おやすみ」


 アオオオオオオオオオオン――……

 神犬たちが一斉に吼えた。びっくりするからやめてほしい。あと近所迷惑になりそうだし……と思ったが、いちばん近いマドワ村まで20分も離れているのだ。ご近所さんなんていない。


 私は愛想笑いを浮かべてガルたちの元を離れると、山御殿の扉を開いて中に滑り込んだ。

 その瞬間、どっと疲労が押し寄せてきた。引っ越し一日目から、とんでもない大事件だ。スローライフへの道のりは遠いのかもしれない……。

 まあ、とりあえずガルたちと仲良くなれたのでヨシとしよう。

 これでもう追い出されることもないだろうし。


「明日は家具を買いに行かなくちゃ……ふわ~あ……」


 欠伸あくびを一つ漏らすと、私はそのまま床にバタリと倒れ込んだ。

 いくらもしないうちに眠気が押し寄せ、あっという間に夢の世界へいざなわれていった。

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