第9話 魔法使いの本領発揮

『……馬鹿なことを言うな。お前に魔物が倒せるわけがないだろう』

「でも私は、ゆう……」

『……ゆう?』

「ち、違うの! それなりに魔法の勉強をしてきたから……!」


 危うく「勇者パーティーの一員」と口走りそうになった。あんまり言い触らさないほうが良いに決まっている。

 ガルは不審そうに私を見つめていた。まあ、確かに私がガルの立場だったら信じられないだろう。


『とにかく去れ。村にいれば安全だろうから……――』


 そこでガルが異様な反応を見せた。

 突然動きを止めたかと思うと、何かを探るように辺りをきょろきょろする。だが、そういう反応を見せるのも無理はない。私も気づいてしまった。この山に迫りくる邪悪な存在の気配に。


『行かなければならん。やつらが来たようだ……!』

「じゃ、じゃあ私も行くよ……!」

『ついて来るな!』


 身を低くして疾走を開始するガル。私は忠告を聞き入れずにその後を追った。夜の山は幽霊でも出そうなくらいに暗かった。しかし私は魔力で物体を感知することができるため、木や岩などの障害物にぶつかったりすることはない。

 山道を走るガルに必死でついていく。辺りは死んだように静まり返っているが、邪悪な気配は徐々に強くなっていった。勇者パーティーにいた頃に何度も味わった感覚……魔物たちが獲物を求めて躍動しているのだ。


 しばらく走ると、急に開けた場所に出た。

 見れば、ガルより一回り小さい白い犬――おそらく神犬たちが、遠吠えをあげながら大騒ぎをしている。

 神犬たちの向こうから押し寄せてくるのは……黒々とした魔物、あれはおそらくゴブリンたちだ。棍棒や矢でしきりに神犬たちを攻撃している。


『何だこれは……数が多い! しかもボスまでいる……』

「ど、どういうこと? これってそんなに多いの?」

『まだついて来たのか! はやく避難しろ、貴様も死ぬことになるぞ!』


 私はその声を無視して森の奥のほうを見つめた。

 探知トゥンゼを発動して状況を分析。ゴブリンの数は34匹。そのうち1匹は、おそらく彼らのボスであるキングゴブリンだ。体格が普通のやつより三倍くらいでかい。

 その時、棍棒で殴られた一匹の神犬が、ガルの元まで吹っ飛んできた。

 頭から血を流し、縋るような目でガルを見上げる。


『ガル様……! 連中、ついに全軍で攻撃を仕掛けてきました……今夜のうちにこの山を落とすつもりのようです……』

『何だと……』

『このままでは神犬族は滅びてしまいます……! 我々の縄張りがどんどん蹂躙されていますっ……!』


 確かに多勢に無勢だった。神犬族はガルを含めても総勢9匹。そのほとんどがゴブリンたちに良いようにやられている。


『分かっている! 私も加勢しなければ……』

「ま、待って」


 私は戦場へ飛び込もうとするガルを止めた。

 あの程度の魔物ならば、私一人でも問題なく対処できる。勇者パーティーとして戦ってきた魔物と比べれば、月とすっぽんくらい差があるのだ。

 私は収納シュノーで杖を召喚すると、


「これから魔法を使うよ。だからガル、神犬たちを避難させて」

『戦いを放棄するわけにはいかぬ! 縄張りを守らなければ……』

「はやく!」

『ッ……! この魔力は……!』


 杖に集まっていく魔力を感じてくれたようである。

 ガルは即座に決断すると、空に向かって巨大な遠吠えを解き放った。その瞬間、前線で戦っていた神犬たちが動きを止める。

 かと思えば、ゴブリンたちの攻撃をかわしながらバラバラに散っていった。今の遠吠えが「退避」の合図なのだろう。


『退避はさせたが……まさか本当に……!』

「うん。――獄炎ファイア


 唱えた直後、杖からうねる炎が発射された。

 何の変哲もない獄炎ファイアの魔法だ。しかし魔力をたくさん込めれば、ゴブリンが何百匹集まろうとも抵抗できない地獄の炎と化す。



「グガアアアアッ……――ッ!?」


 炎はそのままゴブリンたちの群れに直撃した。すさまじい光が宵闇を裂き、恐怖に染まったゴブリンたちの表情を明らかにする。

 ごめんね……と言いたいところだけれど、魔物に情けをかける必要はない。あの恐怖の表情だって、敵を油断させるために作り出された偽の感情に過ぎないのだから。


『なんだこの威力は……!』


 炎はそのままゴブリンたちを蹂躙した。

 同時に私は探知トゥンゼで敵の反応を探る。一匹、二匹、三匹……あっという間に魔力反応が消えていき、ついにボスであるキングゴブリンも消し炭となった。


 そろそろ頃合いだろう。私が杖を軽く振ると、獄炎ファイアは一瞬にして消えてしまった。後に残されたものは……何もない。ゴブリンたちはさっきの一撃で完全に溶けてしまったようだ。


 よし、これで討伐完了。

 私はガルたちのほうを振り返り、安心させるように笑った。


「も、もう大丈夫だよ。ゴブリンは全員倒したから』

『『『………………………………』』』


 しかし、ガルを含めた神犬たち(いつの間にか私の背後に回っていたらしい)は、ぽかんとした表情で固まっていた。


 ……あれ? 何かマズイことしたかな?

 山が火事にならないように気をつけたつもりなんだけど……。

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