第8話 山にも色々あるそうで

『……ひとまず礼は言っておく』

「ど、どういたしまして……」


 山御殿の一室に座っているのは、白くて巨大なモフモフである。

 あれからしばらく治癒ヒールをかけ続けた結果、モフモフさんの怪我はすっかり完治してしまった。最初は親の仇のように私のことを威嚇していたけれど、相手に敵意が無いことを悟ったのか、ちょっと大人しくなってくれた。


 恐る恐る干し肉を差し出してみると、くんくんと匂いを嗅いでから、ぱくりと口に含んだ。むしゃむしゃと肉を食べる巨大な犬。なんだか見ているだけで癒されるな……。


「え、えっと、私はアイリスっていうんだけど……あなたのお名前は何ていうの?」

『……私はガルだ』

「よろしく、ガル」

『気安く名前を呼ぶな。私はこのフラール山を束ねている神犬しんけん族のおさなのだぞ」

「この山って、フラール山っていうの……?」

『そうだ。多くの人間は忘れてしまっただろうが、古を知る者はみなその名で呼んでいる』


 肉をあげたら急に色々教えてくれるようになったな。

 それはさておき、私が買った山……フラール山はすでに神犬族とやらのテリトリーだったらしい。後からやってきた私は完全によそ者というわけだ。彼らにとっても、自分たちのすみかを勝手に売買されているのは良い気分じゃないだろう。


 でも、私はこの家から追い出されるわけにはいかなかった。他に行くところが無いというのもあるけれど、フラール山の豊かな自然に惚れたのである。


「あの……あなたたちに迷惑をかけるつもりはないから、私もフラール山に住んじゃ駄目かな……?」

『……傷を治してもらったことに免じて教えてやろう。それはオススメしない』


 ガルは肉を貪っていた。よっぽどお腹が空いていたのだろう。


『この山は今、魔物からの侵攻を受けているのだ』

「えっ……そうだったの?」


 確かに不動産屋のおじさんからはそんな話を聞いた。でも、「侵攻」というほど大袈裟な感じじゃなかった気がするけれど。


『人間たちは気づいていないだろうな。何故なら我々がやつらを食い止めているからだ。我々は我々の縄張りのために戦っているが、結果としてふもとの村も守られているのだろう』

「さっきの傷も、もしかして……」

『そうだ。神犬族はみな、魔物と戦って名誉の負傷を負っている。私は軽傷の部類だが、ほとんど動けなくなってしまった者も少なくない』

「そんな……」

『だから去れ。ここにいたら戦いに巻き込まれることになる』


 魔王が復活してから多くの魔物たちが出現した。

 その影響がこんなところにも出ているのだろうか。

 だとしたら、私にも責任が無いとは言えない。もう辞めたとはいえ、元々勇者パーティーの一員だったのだから。


「……ガル、私のことを心配してくれているの?」

『そうではない。人が死ねば、その臭いに釣られてより多くの魔物が寄ってくる』

「で、でも、わざわざ神犬族の長が忠告しに来てくれるなんて……」

『それは貴様が魔力を持っていたからだ。ただの人間ならば眷属を差し向けるが、魔力持ちとなれば戦いになる可能性もあるからな』


 確かにそうかもしれない。この子は仲間たちのことを大切に思っているのだ。


『……その意味では、貴様も貴様で山の不穏分子であることに変わりはない。治療してもらった身で言えたことではないが、迅速に立ち去ってくれ』

「そっか……」


 購入した家と山は絶賛修羅場中。

 そして私自身も危険なやつだと認識されているみたい。

 平和なスローライフを手に入れるためには、それなりの対価を支払わなければならないようだ。


「うん、分かった」


 私はぶどうジュースを飲み干して立ち上がった。

 ガルの驚きの視線を受けながら、私はなるべく頼もしそうな感じで宣言する。


「私も魔物退治に協力するね。こう見えても私、最強の魔法使いなんだ」

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