第7話 扉を開けたらモフモフ

 警戒しながら玄関の扉を開いてみると、そこにはすでにお客さんが立っていた。というか、『お座り』の体勢で私を見下ろしていた。


 端的に表現するならば、それは超巨大なモフモフの犬である。

 高さは私を縦に二人ぶん並べたくらいで、毛並みは神々しいまでに白くつややかだ。夜風が吹くたびに、美しい毛並みがさわさわと揺れていた。


 この子は……たぶん神獣のたぐいだ。

 魔力だけではなく、神々しい神気も感じられるから、間違いない。

 てっきり精霊ないしは魔獣だと思っていたのだけれど、想定外にもほどがある。


「あ、あの……何かご用でしょうか?」

『この山は我ら神犬しんけん族のテリトリーだ。人間が足を踏み入れていい場所ではない』


 送念スニンで声が届けられる。

 低く落ち着いた声だ。この子はたぶんオス。


「で、でも私もこの家を不動産屋さんで買ったんですけど……」

『くどい! 立ち去れ!』

「ひい!」


 あ、これ駄目なやつだ。

 コミュ障発動しちゃうやつだ。

 今までは喋らない魔物や精霊を相手にしていたから、言葉に詰まることも無かった。でもこれだけ流暢な言葉で訴えかけられたら、しどろもどろになってしまう。

 犬相手なら大丈夫だと思ったんだけど、無理っぽい。


 とはいえ、私だってお金を払ってこの家と山を購入したのだ。

 それに一応は勇者パーティーの魔法使いだったわけだし、ちょっと脅されたくらいで引き下がるわけにはいかない。


「し、神犬さん……私も引っ越し初日なんです。出て行くわけにはいかないんです。できれば、その、お話合いをしませんか……?」

『人間と話すことなどない。去れ』

「去りませんっ!」

『……いいか、この辺りに引っ越してきた人間はこれまで何人もいた。だが、その全員を私が食い殺してやったのだ! 命が惜しければ、迅速に消えろ』

「ひいっ」


 と、悲鳴をあげてから引っかかった。

 あれ? なんか変だよね?

 この家に住んだ人間を食い殺してきた……? 冷静に考えれば、それはおかしな話だ。もしそんなヤバイ事件が本当に起きていたなら、アジサイ不動産のおじさんが知らないはずがない。


 この子、何か隠しているのかもしれない。

 私はコミュ障を死ぬ気で押し殺すと、じーっと神犬を観察してみた。

 魔物っぽい邪悪な気配が全然しないし、悪い子じゃないと思うんだけど。


「……あっ! あなた、怪我してるよ!?」

『ッ……』


 神犬が「しまった」という様子で顔をしかめた。

 暗くてよく分からなかったけれど、前脚のあたりが血で赤黒く汚れている。よく見れば、抉られたような生々しい傷があった。


「どうしたの!? はやく手当てしないと大変なことになっちゃう!」

『貴様には関係ない! これはただの掠り傷だ……!』

「ううん、違うよ。これは魔物にやられた傷。私には分かるの」


 私は収納シュノーで杖を召喚すると、先端をそっと神犬の前脚に当てがった。


『何をする! 貴様……』

「じっとしてて。僧侶さんじゃないから回復は専門じゃないけど、できないってことはないから……」


 戸惑いの視線を感じながら、私は治癒ヒールを発動した。淡い魔力の光がふわふわと収束していき、傷口がゆっくりと塞がっていく。

 僧侶さんのように一瞬で回復させることはできないけれど、これくらいの軽傷なら私でも何とかなるのだ。


『何故、私にこんな施しを……』

「だって、怪我している子は放っておけないもん」

『…………』


 何故か驚愕の目で見つめてくる神犬さん。

 とりあえず、この子は山御殿やまごてんに招待しよう。完全回復させるには、もうちょっと治癒ヒールをかける必要があるから。

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