第6話 一人で大宴会

 掃除用具たちの活躍のおかげで、私の山御殿やまごてんは新築のようにピカピカになった。


 あとは家具類を揃える必要があるけれど、村のお店はもう閉まっているだろう。掃除をしてもらっている間に買ってくればよかったな……まあ、今日のところは床の上で寝ればいいか。

 私は勇者パーティーという超絶ブラックな職場にいたので、ベッドが無くても眠ることはできるのだ。岩の上で魔物の襲撃に怯えながら寝たことだって一度や二度じゃないし。


「労働からの解放を祝して……かんぱーい♪」


 蝋燭に火をともし、私は虚空に向かってグラスを掲げた。

 注がれているのは、王国名産のぶどうジュースだ。来月の誕生日までは未成年なので、お酒はひとまずお預けにしておこう。


 ツマミは猪の干し肉と、庭に生えていた野草のサラダ。

 ドレッシングは作り置きしておいたごまだれだ。収納シュノーによって作り出した私専用の異空間には、様々な保存食が蓄えられているのである。


「んー、美味しい……!」


 肉を咀嚼しながらぶどうジュースを飲み干す。

 外から聞こえてくるのは、穏やかな虫の音と、フクロウの声だけだ。


 ああ……なんて幸せなんだろう。勇者パーティーにいた頃は、夜になっても魔物とバトルしているか、馬鹿みたいな宴会に参加しているかのどっちかだったのに。

 あ、私は宴そのものが嫌いってわけじゃない。大人数でやる陽キャの宴会が嫌いなだけだ。こうして一人で飲むのは大好きなのである。


 ひっそりとした宴を楽しんでいると、ぽろりと涙がこぼれてきた。

 もちろん嬉し泣きだ。これまでの約四年間、勇者パーティーで味わってきた苦労が走馬灯のように浮かんでは消え、「あの時はつらかったなあ」と感慨深い気分になる。


 ……せっかく勇者パーティーに選ばれたのに、その職務を放棄するのは罰当たりじゃないかって?


 そんな心配をする必要は全然無い。

 何故なら勇者パーティーは、勇者一人でも魔王をぶっ飛ばせるほどの戦力を備えているからだ。

 私なんてオマケみたいなもの。今までの道中も、ほとんど勇者が一人で無双をしているだけだった。あの調子なら、近いうちに魔王の討伐も完了するんじゃないだろうか。


「私は私一人で楽しませてもらいますよっと」


 お父さんもお母さんも、ちょっと前に流行り病で亡くなっている。

 身寄りは誰もいないから、後はもう静かにひっそりと暮らせばいいんだ。

 もちろん誰かと一緒になる……なんてことも考えてない。相手がいないしね。まあ、今はそんなことよりも、心と身体を休めることが大事なのだ。


 そんな感じでしばらく晩酌を楽しんでいると、ふと、探知トゥンゼに奇妙なものが引っかかった。


「……ん?」


 山御殿の背後にそびえている山から、何かが猛スピードで下ってくる気配。

 サラダをシャキシャキと咀嚼しながら、耳を澄ませる。

 すると、脳裏に響いてくる声が聞こえた。


 ――立ち去れ。ここは人間の来る場所ではない。


「へ?」


 ――立ち去れと言っている。言うことを聞かなければ、恐ろしい目にあうぞ。


 どうやら送念スニンの魔法で声を飛ばしているらしい。

 魔力の質からしてかなり高位の魔法使いのようだ。

 そこで私はふと、アジサイ不動産のおじさんが言っていたことを思い出した。

 確か……夜になると山から何かがやって来るんだっけ?

 ふと窓の外を見れば、濃密な宵闇で真っ暗になっていた。ということは、これまでの居住者たちを追い出してきたが始まったということか。


 ――去れ! こちらも容赦はしないぞ!


 声はひっきりなしに響く。

 どうやら、私は招かれざる客のようだった。


「……ふふ、面白いね」


 たぶん、自由になったことで気が強くなっていたのだと思う。

 相手は明らかに人間じゃない。人間じゃないならば、コミュ障の私でもなんとかなる。はず。

 私はぶどうジュースのグラスを置くと、を出迎えるために立ち上がった。

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