第7話 明言した時以外、睡眠剤の使用は禁止で
2時間の合掌を経て、武器である短剣の調整が終了した。
鈍色だった刃は、大部分が黒色の酸化被膜に覆われて、ちょっとマットでかっこいい。無駄に構えをとったりしちゃう。
『防具の調整を推奨』
あっ、はい。
まず冒険者としての服装を説明しておこう。
インナーは、上は長袖の黒、下は厚手の黒のストッキングだ。どちらも、体表の合成たんぱく質を調整したもので、厳密には服ではないが、脱ぐことはできる。脱いだからって皮膚が無くなったりはしないぞ。
着用したイメージとしては、ボディスーツが近いな。
次にアウター、これは普通の市販品。トップスは七分袖のシャツ、ボトムスは太ももの中間丈のショートパンツ。インナーが優秀なので、動きを制限しないように上下ともに短めだ。
靴はお城から拝借してきた編み上げブーツを改造して、靴底が足裏と連動するようにしてある。こうしないとグリップ力が足らない。
耐久性の方はパーソナルシールドを延長してなんとかしている。結構無理やりなので、その内しっかりとした素材で作り直したい。
『それじゃあ防具の調整をやっていくか』
正直、体表を覆うパーソナルシールドがあるから防具はいらない。ただ、防具なしの冒険者なんて誰がどう見ても怪しいので、最低限の防具はつける方針だ。
購入した胸当て、膝当ての表面にインナーと同じ布地を貼っていく。いくら防御力に期待していないとはいえ、すぐに消耗してしまってはもったいない。ラップのようにぴったり貼り付ければ完了だ。
『完了です』
『あー、お腹すいた。ご飯を食べたら今日は寝てしまおう』
『了承。睡眠剤を注入』
『あっ、おい、待っ……』
◇ ◇ ◇
『おはようございます。時刻は午前7時です』
『はっ!?』
あ、ありのまま今起こったことを話すぜ。シオンの声で起きたら朝だった。何をされたかも分かっているし、超スピードなんてちゃちなもんじゃなかった。もっと恐ろしいものの片りんを味わったぜ。
『明言した時以外、睡眠剤の使用は禁止で』
『了承』
結局昨日はシオンの勇み足のせいでご飯を食べ損ねた。少し硬くなったバゲットサンドを噛みちぎり、朝食とする。
『冒険者ギルドが開くのは何時?』
『午前7時です』
『たぶん朝一は混雑するよな。少し時間を置いて、人が少なくなってから行くか』
『了承』
時間はたっぷりあるので、ゆっくりと準備をした。冒険者用の服を着て、昨日調整した防具を身に付ける。左脇には短剣、右脇には色々使えるナイフ、前にはポーチ型のマジックバッグ。
全てを装備した俺は、立派な駆け出し冒険者だ。無駄に構えをとったりしちゃう。
無駄なことをしている間に、結構時間が経っていたので宿を出た。連泊で部屋をとってあるが、念のため荷物はすべてリュックに入れて持ってきている。
昨日と同じように市民街の西側、商業区を目指してメインストリートを歩く。冒険者ギルドは道具屋と同じく商業区にある。
街は、朝の忙しい時間を終えて、少しゆったりとした雰囲気だ。食べ物を売る屋台も、準備や休憩を兼ねたのんびりタイム。時間が経って少し安くなった串焼きを購入し、なんだか少し得した気分になりながら、冒険者ギルドを目指した。
『これが冒険者ギルドか』
石造りの建物は、堅牢な砦を思わせる外観だ。1階部分は広く、2階部分はちょこんと乗っかっているだけ。きっとあそこにギルドマスターとかがいるんだ。
『肯定。エリアマップに表示します』
いや、わざわざ表示しなくていいから。
マップを消してもらって冒険者ギルドへと入った。
内部は、意外と、と言ったら失礼かもしれないが、役所のように整然としていた。遠目からも、『総合窓口』や『クエスト受付』、『クエスト完了受付』などの看板が良く見え、ロープが張られた列には荒くれどもがきっちりと並んでいる。
『注意。手配書にシンゲンと思われる記載があります』
『え?』
辺りを眺めていたところへ、いきなりシオンの注意がきてびっくりしてしまった。
おいおい、昨日の今日だぞ、と思いながら、掲示板のようなところへ見に行くと、確かに『変な服を着たシンゲン・シオノなる男』を探す手配書があった。似顔絵も書かれているが、正直あまり似ていない。
『肯定。適合率は38%です』
それはもう別人って言うのよ。
似顔絵が似ていないのは良いとして、対応がかなり早いのは危険だな。きっと拝借した宝飾品もバレているんだろう。シオンに言われて昨日のうちに換金しておいて良かった。
『まあ女性の姿をしていれば大丈夫だろ』
『肯定。偽名の使用を推奨』
そりゃな。「シンゲン」なんて名前を使ってたら、自分は怪しい者です!って言ってるようなものだ。
偽名は適当に「シン」とかで言いだろう。
『否定。稚拙な偽名は正体が判明するリスクとなります』
『うぐっ。稚拙で悪かったな。そんなに言うんならシオンがつけてくれよ』
『提案。シオン2』
なんだよ「2」って、映画やゲームのタイトルじゃないんだから。それとも「シオン」って名前をそれほど気に入ったとか? いや「2」ってことは、私は1、お前は2ってこと? なんにしても却下だ却下。シオン風に言うと学習意欲が90%くらい低下しそうだぞ。
『提案。ルシル』
お、良いじゃない。ルシルね。それで登録しよう。登録は総合窓口で良いんだよな。
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