第2話 言語情報はプリインストールされています

『エリアマップを表示。施設外への最短ルートを探索。完了』


 脳裏に今いる建物の立体マップが浮かんできた。さすがシオンだ。


 エリアマップによると、どうやらお城っぽい建物の別館?みたいなところにいるらしい。


 一度外へ出て、庭を突っ切った後に門から出れば良さそうだ。


 いや、待てよ。ただ脱出するだけだと、この推定異世界を生きていくのは難しいだろう。この世界がどういうところなのか情報収集も必須だ。


『シオン、どこかに図書室のような場所はないか?』


『探索。完了。図書室へのルートを表示』


 よし。俺たちのクラスは俺を除いて38人もいる。これだけの人数がいれば、対応するお城の人もあわただしくなるだろう。つまり俺がこそこそできる余裕があるってことだ。


『図書室へ向かいながら、周囲に溶け込めるような着替えを探す。その後は情報収取だ』


『了承。アクティブステルスを起動。エネルギー不足により起動可能時間は3分です』


 おいぃ!? もっと先に言ってよ!


 とりあえずとっとと移動だ。


 幸いにもこの大広間への出入り口には扉はなく、アーチ状の空間が広がっているだけだ。まあそこはがっちり武装した男に固められているんだけど。


 広間の周りも回廊が囲っているような構造になっていて、姿を見られなければ、怪しまれずに外へ出ることができる。


『建物内で使用されている一般的な衣服を発見。ルートを再検索。完了。表示します』


『おっ、ナイス。そこの部屋か』


 扉にそっと近づいて耳を澄ませた。


 この世界にやってきて――というかバイオロイドになって――一番変化したのは、身体能力がとても向上したということ(シオンの存在には目をそらして)。


 移動の際も、周囲に気を配りつつスプリンターのような速さで移動できるし、遠くのものもハッキリ見えるし、人の足音も聞き分けられる。


『部屋の中に人はいないようだな』


 鋭敏になった感覚を頼りに、部屋へスルリと入り込んだ。エネルギーの節約のため、どうしても必要な時以外はステルス機能はオフにしてある。


『衣服を発見。着替えを推奨』


『よし。どれどれ……、ってメイド服じゃねーか!?』


『偽装のため、着替えを推奨』


 いやいや。さすがに女装はハードル高いって。他に文官とか武官とかの制服は無かったの?


 脳内エリアマップに男物の衣服がある部屋がマークされたが、そこは本館と思しきお城を挟んだちょうど反対側であった。さすがにそこまで移動するとなると、アクティブステルスの制限時間をオーバーしそうだ。


 俺の最優先の目的はここからの脱出であって、お城にある服をパクることではない。


 いや、待て。メイド服に着替えると言っても、俺は男だ。女装してる男なんて逆に目立つのでは?


『骨格を調整することで女性体を再現できます』


 あっ、すー……。うん、確かにできるわ。


 短時間で内臓までは変化させられないが、骨格と体表の合成たんぱく質の調整くらいはできる。


 元々男性の中でも長身というわけでもないので、少し背の高い女性くらいに収まる。さらに、色を黒から茶色に変えた髪を肩まで伸ばし、ホワイトブリムと編み上げブーツを装着すれば、立派な一般メイドさんの完成だ。


 脱いだ制服はスカートの中に仕込んだサイドポーチに仕舞っておく。このポーチが結構便利で、スカートの隙間から手を入れて物を出し入れできる。メイドさんがどこからともなく物を取り出すのってこういう風になってたんだなぁ。


『図書室へのルートを表示』


 ああ、はいはい。情報収集に戻ろう。


 基本はこっそり、時に大胆に移動し、図書室へとたどり着いた。場所は、最初にいた別館から本館を挟んだ反対側。つまり、近くには男性物の衣服がある。


『先に男性物の服を確保した方が良くないか?』


『否定。盗難が発覚する恐れがあります。情報収集後、離脱時に確保することを推奨』


 た、確かに。エリアマップに重ねるように表示した動体マーカー――つまり人間――の数は、結構な量がある。さっきも言ったように、服をパクることが目的ではない。


 入り込んだ図書室は、紙とインクの独特な匂いがこもった少し埃っぽい部屋だった。採光も最小限で少し暗いが、バイオロイドになった今、ほんのちょっとの光でも活動するのに十分だ。


『そういえば、この世界の言葉は分かるのか?』


『言語情報はプリインストールされています』


 誰の仕業だよ。種族がバイオロイドに変わっているし今更な気もするけど、まじで誰の仕業だよ。なんか俺に恨みでもあったの?


『光学スキャン開始。完了。重要な情報が書かれていると思われる書物をリストアップしました』


 シオンがリストアップしてくれた書物を開いて、パラパラと高速でめくっていく。これでもしっかりと記憶には保存できている。精査は後にしてとにかく情報を仕入れることを優先だ。


 ひたすらパラパラすること数分。最初にリストアップされた書物はすべて記憶できた。


『この進み具合なら、もう少し時間をかけて情報収集してもいいな』


『了承。全ての書物をリストアップします』


 いや極端だな! 全部リストアップって、それって結局アップしてなくない? 全員が一等賞♪みたいな感じになってない?


 リストアップ、というか、既読と未読が分かるように表示されたマーカーに従って全ての書物をパラパラし終えたのは、それから1時間ほど後のことだった。

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