9話

「あ〜疲れましたぁ!!」


 慣れない人付き合いに気疲れしたミリィは、帰るなりベッドにダイブした。

 お泊まり会は延長し、二泊三日の交流会として双方有意義な時間となった。ロックにとってはギルド関係で便宜を図ってもらう事となり、ミリィも王家に対する苦手意識がそこそこ減った形だ。心配があるとすれば、メイアのロックを見つめる瞳が星からハートになっていたくらいで、終わってみればあっという間であった。


「それじゃあミリィ、ギルドで冒険者ライセンスを貰ってくるよ。君と同じDランクからスタートさせて貰えるから生活が楽になるね」

「私に養わせた分は美味しいご飯で返してくださいね!」

「もちろんさ。少し待っていてくれ」

「はーい!」




 こうして別行動をしていたのはだいたい三十分ほどであったのだが……。




「……何がどうなって」

「すみません、私にもイマイチ……」


 ロックが宿屋に帰ってくると、珍しく宿屋のロビーにいたミリィ。そこまでは良かった。余分なのは、ミリィに抱きついている女性、身なりから冒険者らしき者が四人。周りの目も気にせず、皆思うがままに少女に頬ずりしていた。


「一応聞いておくが、知り合いか?」

「知り合いじゃないから振り払うのに躊躇しているんです。どうやら正気ではないみたいで」

「そうか、とりあえず診てみるよ」


 ロックは抱き着いている一人を引き剥がし「おい」と声を掛けたのだが、幸いにもそれだけですぐに原因を割り出せた。


「ん? これは【魅了チャーム】じゃないか。それにこの匂い……『アルラウネの誘い』をまともに受けたのか?」

「魔物ですか?」

「そうだね。ミリィを連れている時には出会っていない。アルラウネという魔物は人型をした植物で、基本的には蔓を操って攻撃してくる」

「あんまり強くなさそうですね」

「あんまり強くはないよ。ただ、身の危険を感じると周囲に花粉を撒くんだ。この特殊な花粉が『アルラウネの誘い』と言って、軽い催淫や幻覚をもたらすんだ。ついでに甘いような草っぽいような匂いがするだろ? それが証拠になる」

「え? 香水だと思ってました」

「実はアルラウネの香水もあるんだ。恋人同士で使うように薄めた効果らしいけどね。草っぽい匂いも消えていて人気だそうだ」

「好きな人に使うんですね……」


 乙女な顔になりつつあるミリィ。ロックとしては、いま気を抜いてもらっては困るのだ。


「さて、丁度依頼書を三枚貰ってきたところなんだけど、今日はその中のアルラウネ討伐に行こう。出来るだけ早急に出発したい」

「そんなに急ぐんですか?」

「あぁ、これはすぐに引き下げられる可能性があるからね」

「??」


 ロックはかなり前に買った精神汚染解除薬を探しながら、今回が特殊なケースである事を説明した。


「普通のアルラウネの誘いなら、遅効性ではあるけどここまで効果が持続することはないんだ。しかも、見ず知らずのミリィに、ミリィの莫大な魔力の魅了されている。恐らく、限界突破個体がいるんだ」

「上位種ではないんですね」

「上位種より厄介さ。通称【アルラウネ・ホリック】と言われるその個体は、強さも桁違いに上がっている。いまDランクで依頼が出されていても、報告されたらAランクまで跳ね上がるらしい。滅多に戦えない敵だから修行には丁度いいだろ?」

「あ、なるほど。そういうことなら善は急げですね!」

「ところでミリィ、精神汚染解除薬リカバーポーションって使ったかい?」


 在庫してあるはずの治療薬が見当たらず、心当たりがあるミリィは「あっ」と声を出した。


「すみません……前に実験で使っちゃいました。報告しないとって思ってたのに……」

「いいよいいよ。僕ら二人ともなかなかそういうのに掛からないからね。仕方ない、この四人を治療院に連れて行ってから出発だ」

「わかりました!」




 ロックは三人、ミリィは一人を担いで早々に治療院へ預け、軽く買い出しをした後に目的地となるラナイアの森へと向かった。




 トリアイナ南部に位置するこのラナイアの森は珍しく起伏のない平坦な森だ。自然動物から珍しい薬草まで手に入れることが出来るため、中級冒険者が生活する上で何度もお世話になる有難い資源宝庫である。奥に行けば行くほど魔物も強くなり、件のアルラウネは比較的序盤に出現することが多い。

 準備を整えるため小休止を挟んだ二人。ロックはこの間に在庫切れになったリカバーポーションをいくつも調剤していた。ミリィはやる事がなくなっていつもよりゆっくりスープを飲んでいる。


「ロックさんってホントに慎重ですよね。緊急でなかったら絶対に対策会議しますし、いつも『念の為』って言って何か作ってます。昔は不可侵領域にいることも多かったし、私たちも弱かったですから分かりますけど、今も変わらず続けてますもんね」

「準備は大事だよ? もし、不測の事態で取り返しのつかない大怪我を負ったりしたら後悔するだろう。僕は後悔しない生き方を目指したいんだ」

「ふふ、ミルティさんに『僕が守ると言ったら万が一はない』なんて男らしいこと言ってたのに。私、あの時のロックさんも好きですよ? 守ってもらっていた頃を思い出して安心しました」

「甘いね。僕は何年も前からあの辺の魔物にはいくつも対策を用意していたからさ。常在戦場ってヤツさ。あと、ミリィは今も守っているつもりだよ? 一人前にはもう少しかなぁ」

「今は戦えるからいいんですー」

「なら僕が戦わなくていいくらいに成長してくれ。いつも言ってるけど、戦うのは好きじゃないんだから。こう見えて職人だからね」

「ロックさんの任せるの理想が高過ぎるだけです!」


 いつもの空気。緊張を残しつつ固くなりすぎないように、戦闘前の二人はよく喋るよう心掛けているのだ。ロックの思い描く理想の生き方は、例え不意を突かれようが想定外だろうが、寝ていようが食事中だろうが常にその時が最高の状態を保つこと。ミリィにその教えを叩き込んだのは何年も前だが、未だに弟子はムラが多い。そこだけがロックにとって心残りなのである。


「さて、準備も出来たしそろそろ行こうか。ここは素材が豊富で助かるよ」

「何個作ったんですか?」

「五十かな」

「多すぎ〜」

「勝手に使っちゃダメだよ?」


 二人は立ち上がると、再び森の中を歩み始めた。

 ロックの宝具の力も借りて、いくつかのアルラウネの群れを確認して回る。全体的な数はそこまで多くなく、近辺の村からの距離を考えると間引く必要もない。大抵の限界突破個体の周辺では生態系が多少変化しているため、もっと奥の可能性も出てきた。

 そうしてしばらく。その兆候が見えたのは探索から三時間が経過した頃だった。


「…………。ミリィ、武装だ」

「はい。獣型の気配が一気に減りましたね」

「あぁ、この先だろう。注意点は覚えているかい?」

「『取り巻きから倒す』のと『ボスの花粉は避ける』ですよね。……あと焼き払うなでしたっけ?」

「……僕が聞かなかったら忘れたフリして焼こうとしてたね? そういうズボラは良くないよ。この森は大事な資源でもあるんだから」

「……はーい」

「ふぅ、そんな事じゃ使う武器と魔法まで決めなきゃいけなくなるよ」

「だってその方が早いんですもん」

「さ、この辺しよう。あれが【アルラウネ・ホリック】で間違いなさそうだ」


 隠れながら進んでいた二人は、とうとう目視出来るほど近付くことに成功していた。

 まるでコロニーを思わせるほど大量に集まったアルラウネ。その中央で日を浴びている黒い個体。見た目は緑が黒になったくらいしか違いはないが、魔力が明らかに多い。通常のアルラウネと比べても数十倍は保有している強敵だ。


「アルラウネは人を食べない。しかし、限界突破個体は魔力を吸い上げる。そこに注意して挑んでみるといい」

「わかりました。では、行ってきます!」


 魔法の練習に力を入れていたミリィが武装をするのは、不可侵領域から渡ってきて初めての事。彼女の両手に握られている鎖で繋がった二本の大斧は【ファル・メナス】。雷の付与が施されたロックお手製の宝具である。もちろんコレも武器ではなく、元は料理で使う『フライパン』だ。この斧の恐るべきところは、その軽さである。ロックのこだわりでアダマンタイト並の硬度でありながらフライパンと同じ軽さを実現しており、重力魔法を使えるミリィとのシナジーは天井知らずであった。


 外周を走りながら取り巻きを切り裂いていくミリィに対し、ホリックは奇声を上げながら蔦を伸ばして撃退しようとするが、彼女は目を向けることもなく撃ち落として走り続ける。

 百体ほどいたであろうアルラウネは、ホリックを除いてあと二体。軌道を変えて正面から襲いかかるミリィは、敵の僅かな変化を感じ取って数歩退いた。


「これは……」


 足を止めると同時に、残った二体が急速に枯れ始めた。それだけではない。周囲に散らばる死骸も全て、搾り取られるように干からびている。そして、逆に大きくなっているホリックはすでに人間サイズを越えようとしていた。

 仲間の生命力でパワーアップしたホリックは再度巨大化した蔦でミリィを襲う。スピードも上がっており、正面から受け止めたミリィの身体が僅かに地面にめり込む。


(体躯だけでなく魔力も上がっている? 興味深いですね……)


 それでも、この少女を抑え込むにはまだまだ足りない。


「はぁあ!!」


 追撃に叩き込まれた蔦ごと斬撃で一掃したミリィは、瞬時に空へ飛ぶ。既のところ彼女が立っていた場所に高濃度の花粉が押し寄せた。


「あれが『アルラウネの誘惑』。凄い量です」


 観察をしながらも、両手の斧に風属性の魔力を上乗せする。次の一撃で花粉ごと吹き飛ばすつもりだ。

 上体を大きく反らし、握る手に力を込める。溜め込んだ力を解放するように高速に縦回転をしながら落下。ホリックの脳天に直撃した斧は、そのまま地面ごと真っ二つにした。


「グキャァァァア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!」


 悲痛な叫びと共に塵になっていくホリックを見下ろし、返り血に汚れた斧を払う。


「想像以上に硬い感触。確かにDランクの冒険者では傷一つ…………つか……あれ?」


 力なくぺたんと座り込んだミリィは、自信に起こった異常に驚いた。花粉は完全に吹き飛ばしたと思っていたが、何故か身体が言うことを聞かない。アルラウネ独特の匂いもなく、他に原因を考えようとも少しボーっとしてしまう。


「何があったんだ? 身体が動かないのか?」

「ロックひゃん、ちかゔいちゃ……」

「僕は大丈夫だよ。それに『アルラウネの誘惑』の効果とは違うみたいだ。詳しく調べてすぐに薬を……」


 ロックはミリィの肩に手を置こうとしたが、それは止めてゆっくりと振り返った。


「盗賊……には見えないね。誰だい君達?」

「…………」


 。彼らの接近に、ロックは目視できる距離まで気付けなかった。それに、意識外から夜の空間まで張られてしまっては実力を認めざるを得ない。ミリィの状態異常もこの中の誰かの能力であることは想像にかたくない。


(最低でもSランク……しかし、ここまでの能力を考えるとさらに上の可能性もあるか)


 ロックは敵から目を逸らさず、ポーチから一つ小瓶を取り出すとそれをミリィの頭に掛ける。特に変化は見られなく、ロックの予想が悪い方に当たってしまった。


(やっぱり戦技スキルか。参ったな、ミリィを先に治してやりたかったが、相手を倒した方が早そうだ)


 空に浮かぶ五人は一箇所に集まり、小声で何やら話している。中央の重鎧がリーダーらしく、残りの四人は隠者のローブに身を包んでいてほぼ何も確認出来ない。何か攻撃をしてくれれば別だが。

 あからさまに相談しているようだが、ロックはそれに付き合うつもりはない。


「一つだけ聞いておく。ギルドの討伐クエストでここにいるだけなんだが、君達は敵意があるのかい?」

「……捕まえろ」

「なら結構だ」


 ロックの瞳が光を宿す。

 同時に、ローブの四人のうち二人が空から落ちてきた巨大な光線に飲み込まれ、轟音と僅かな悲鳴を残し地面に撃ち落とされた。

 完全に虚を突かれた敵は何かを叫びながら激怒していた。だが、それも僅かな隙である。ロックはポーチから五つの宝玉を取り出し、指を弾いてミリィの周囲に打ち込む。


「【ブルーム・チャンク】」


 小さな子が大抵は知っている花を取り合う遊びである『石ハジキ』の石を元にした【ブルーム・チャンク】。五つの宝玉を線で結び、その中に居る者は精神的な回復も出来る『結界陣』である。使用者が許可したもの以外を全て弾くその強度は、ロック本人ですら三日三晩殴り続けなければ破壊できない。


「ミリィ、少しそこで待っていてくれ。すぐに治してあげるからね」


 突如として始まった謎の集団との戦闘。

 それでもロックは、ただ冷静に歩を進めた。

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