8話
「なんて事だ……この情報は世界がひっくり返るくらいの価値だぞ。おいそれとは公開出来んな……」
メイアは玉座で頭を抱えたまま、シム王と長子のケインを含め意見交換をしていた。
一般的な価値観として、不可侵領域は世界の果てとして認識されている。まさかその奥にもう一つ世界があって、こちらと同じように国や文化が発展しているなどにわかに信じられない。ロックの証言通りであれば、向こう側の人間も不可侵領域を越えることが出来ない、つまり基本的な戦闘力はこちらと余り差は無いのであれば、新たな火種になる可能性は限りなく低く、取り急ぎ対策などは必要なさそうにも思えた。
「ロックよ、お主の目から見て不可侵領域を越える実力を持っているのはどのくらいいるのだ?」
「実力だけで判断するのであれば、メイアくらいの力があれば安全に越えられる」
「我……か。中々おらぬな、魔王くらいか?」
「ただ、あの場所は力だけではどうしようもない魔物もいる、総合力が必要だ。パーティーで無理をすればということなら、実際にはもう数人は可能性があると思う」
「向こう側もそんな感じか?」
「あちらの方が能力的には多いと思うが、不可侵領域を呪いの大地として流布しているからまぁ入ってこないだろうね」
「ふむ……」
少し考える素振りを見せ、メイアは手を叩く。
「よし、ならばこの話は一時保留とし、この場では忘れよう! ロック、お主には褒美をやらねばならん。今この時を持って、【
単独での新天地の発見。その称号に見合う働きであるのは揺るがないものである。
しかし、ロックは予め決めていたように丁重に断った。
「すまない、僕はまだ旅を続けている身なんだ。父の店を継ぐまでは受け取ることが出来ない。良くも悪くも、その称号には縛られてしまうからね」
「そうか、実の所そう言われる未来も見えていたからな。あまり規格外の者をそのままにしたくはないから今日は襲名のために呼んだつもりであったが、事が事だけに受け入れよう。さて、では次の本題に入るが……」
メイアはニヤリと笑い、ロックとミルティは嫌な予感しかしなかった。
「二人にはお泊まり会に参加してもらう!」
「ふぅ……」
「ロック、お疲れだね」
王家自慢の大浴場。久しぶりに湯に身を沈めたロックは、疲労が溶けていく感覚に浸りながらゆっくりと目を開けた。
「謁見の後もずっと話しを聞かれていたからね。好奇心旺盛でよく笑う子だ」
「そうだろ? 自慢の妹なんだ。美しく、愛らしく、誰よりも世界を愛し誰よりも勇気がある」
「褒めすぎじゃないのか?」
「そのくらいの気持ちじゃないと王位を譲らないよ。数年前までは、俺がこの国を守るんだって信念で生きていた」
ケインは長子であり正当な王位継承権第一位であった。容姿や人格、頭の切れも良く、真っ当に期待されてその立場に準じていた。
それが覆ったのがメイアの誕生だ。生まれながらに魔眼を宿し、誰をも惹き付ける存在感があった。ケインは目が会った瞬間、「この子には勝てない」と心を折られたのだ。
「それはもう可愛くて可愛くて」
「何度も聞いたよ。家族全員から。ここまで溺愛されてよく性格が歪まなかったな。怒られたこともないんだって?」
「そこがキモなんだよ。メイアは正解を選び抜く力があるんだ。未来に繋がるのであれば自ら失敗しに行くし、汚名も被る。いつだって先のことを考えて今を大切にする姿が、俺たちの信頼を集めてしまうんだ」
「それは、【未来視】によるものか?」
「もちろんそれもあるよね」
有名な話しだ。メイアの魔眼には二つの能力がある。特定の未来を見通す【未来視】と、対象の記憶を読み取る【追憶視】。この二つがあるからこそ、彼女の強い発言力を得ている。だが、実はあと三つ公開されていない能力を秘めていた。単独で軍を跳ね返した実績があるのだから、当たり前と言えば当たり前のことだ。
「それで、メイアはどうだった?」
「どうとは?」
「将来絶世の美女になること間違いなし。ロックなら安心して婿入りしてくれていいんだぞ? 子供の頃から付き合いがある俺と兄弟になれるオマケ付きだ」
「それは良い話だ。けど残念ながら、アンレーヴは貴族や王族にはなれない。知らないわけじゃないだろ?」
そう、【アンレーヴ】は神獣と同じ立場を与えられるため、その中の決まりの一つに『政治に関わらせてはいけない』とある。戦争への招集も禁止。その有り様を無理矢理変えさせてはならないのだ。
ケインは肩を竦め、残念そうな顔をした。
「さすが、よく勉強しているじゃないか。メイアが国王になる以上、嫁がせるわけにもいかないしな。襲名する前にくっ付けてやろうと思ったのに」
「その場合はアンレーヴになれないのか? それとも追放だろうか……」
「さぁな、前例が無いんだよ。アンレーヴは変態的に仕事に没頭する職人ばっかりだから王家に興味無いやつばかりだったらしい」
「お主がその気なら結婚くらいしてやろう!!」
急に後ろから叫ばれ、二人はビクッと震えた。
そこには、全裸でぺたぺたと歩いてくるメイアと、しっかりタオルを巻いて「待ってください〜」と追いかけてくるっミリィ。
二人は軽く身体を流すと、ロックとケインの正面でゆっくりと座った。
「メイア、髪は止めてこなかったんだね」
「固いことを言うな兄上、早くみんなで入りたかったのだ」
「ま、メイアの髪は魔力で傷まないらしいから大丈夫なんだろうね」
二人がニコニコ話している間、ロックはじっとメイアを見つめていた。
「ほぅ……」
「ロック、年端もいかない妹の身体をジロジロ見て『ほぅ』は如何なものかな?」
「何か誤解の多そうな言い方をするな」
「何も誤解はないよ。一人の男が麗しい女性の身体に感嘆の声を上げた」
「ほら、やっぱり誤解じゃないか。珍しい魔力層に包まれているから驚いただけだ」
「魔力層?」
「この世の魔力を持っている全ての物体には、薄い魔力の皮が覆っているんだ。それが魔力抵抗力に直結したり、適正魔力に影響したり、いわゆる素質みたいなものが見えるんだ。魔力コントロールに優れた魔術師はそうやって相手の強さを測る。僕の魔眼にはそれが顕著に見えるってことさ」
「また難しいことを……」
「仕方ない。あんまり君の脳に負担を掛けたくないが」
ロックはケインの目に指を向け、何度か文字を描くように空を切ると、ケインの両眼を手で覆った。暗闇でどうすればいいのかわからないケインは何となく目も閉じる。
「これは……」
「一時的に僕の視界と同じものが見えるようになる。だけど注意点が一つ。慣れない視界っていうのは意外とストレスになるから、無理せず小まめに長く目を閉じるんだ」
「わ、わかった」
「じゃあ、そのままメイアを見てごらん」
ゆっくりと目をあけたケインは目の前の妹を見る。そして、その別世界のような光景に冷や汗を流した。
メイアの身体を包む魔力の波。それも五色の魔力が地層のように美しく均等に覆っていた。目を凝らせば書籍で見たことのある魔力回路の拡大図のようなものまでクッキリ視認することが出来、彼女がわずかに動いたり声を出すことで不思議な変化も確認できる。
「美しい……ロック、君はいつもこんな光景の中生きているのか……うぅ」
「一度目を閉じろ。僕はこれでも生活に支障がないが、普通の人と同じ景色を楽しみたいから抑え込んだりもしている。どうだい? メイアの魔力層は綺麗だったろ?」
「絵画かと思ったよ。これはいいな。素質も知れて身体も楽しめる。なんて合法的に女性を眺められる魔眼なんだ!」
「……そうかそうか、そういうことなら良いモノを見せてやろう」
目を瞑ったケインには見えていないが、ロックはものすごい表情をしていた。
「今度はミリィを見るんだ」
「すまないミリィ嬢、これは魔法の勉強でしかたなく」
「ミリィ、魔力を強めに放出しなさい」
ロックの魔眼の精密さでミリィの莫大な魔力を直視したケインは、もの言わずそのまま倒れた。白目を剥き、鼻血を出したまま湯に浮かぶ兄を見て、メイアはケラケラと笑い転げた。
「あっははは! 兄上が悪ノリしたのが悪いな! 誰か! 兄上を部屋に連れて行ってくれ!」
すぐさま現れたメイドは、そそくさとケインを回収して立ち去った。終始傍観していたミリィは申し訳なさそう膝を抱く。
「ロックさん、少々やりすぎだったのでは?」
「魔眼を軽んじた報いだな。まぁ心配ないさ、すぐに目が覚める」
「おしおきに弟子の身体を使わないでください」
「それはすまん」
まだ精神的に未熟で子供体型ではあるが、ミリィにも抵抗はあるのだ。
満足したメイアはスッとロックの目の前に寄ると、その星を宿した瞳で彼の目を覗き込んだ。
「美しい目だ。近くで見ると本当に特殊な魔力回路なんだな。まるでこの中に一つの国があるかのような密度じゃないか」
「それはメイアの魔眼にも言えることだね。ふむ、なるほど、こうなっているのか。これを一つ再現しようと思ったら二十年はかかりそうだ。作っても装備した瞬間脳が焼き切れて誰も使いこなせないだろうけど」
「にひひ、当たり前だ」
至近距離で互いの魔眼を見つめ合う二人に、ミリィは内心ドキドキしながら息を潜める。
そんな彼女の期待に応えるように、メイアはロックの首に腕を回す。
「して、我の価値はこの眼だけか? 肌の張りや髪の艶、顔にもそこそこ自信があるのだが……我では不満なのか?」
「恋をしたい年頃なのかい? それにしては産まれてからやや日が浅いような気もするが」
「我の思考回路は常人の三倍は越えておる。精神年齢はもしやロックよりお姉さんかも知れぬぞ?」
九歳にそぐわぬ妖艶な表情。ロックの頬を這わせた指が、徐々に近付く唇が、ミリィの純白な心を襲う。
「これは僕にも分からない事なんだが……」
ロックはふいに、しかし優しくメイアの身体を引き寄せ、背中から抱え込む形で膝の上に座らせる。右手で彼女のお腹を包み、左手で髪を撫で、予想外の展開に固まったメイアの頬にキスをした。
「ひゃわぅっ!」
「なぜか子供から求婚される事が多いんだ。ませた誘惑はもっと大きくなって、もっと相応しいパートナーにしてあげるんだよ?」
「あわわわわわわっ、わぁーーー!!」
耳元で聞こえる低く落ち着いた声が追い打ちをかけ、顔を真っ赤にしたメイアは、恥ずかしさの余り走って浴室から逃げていった。
残った二人はそれぞれに思いを馳せ、先に口を開いたのはロックであった。
「子供って本当に可愛いね。想いに素直で、大人びて見て欲しくて必死になってしまうんだ」
「な、なんて女泣かせな……」
ミリィは彼が子供から好かれやすい体質なのは知っていたが、いなしている所を初めて見たのだ。ロックからすれば慈しみを込めた最大限の気持ちを込めて返事をしたに過ぎないのだが、女目線で目撃したミリィにとってとんでもないスケコマシの技でしかなかった。
「ロックさん……もしや、アレで自分への好意を諦めたと?」
「そうあってくれればいいと思うけどね。人の気持ちの機微は僕には難しいところがあるから、誠意は伝わったかなとは思う」
「これが……沼というヤツかぁ……」
最近町娘の間で流行っている価値観を本能で感じ取ったミリィなのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます