10話

「【ハイロ・トライデント】!!」


 王国の大鐘楼にも迫る大きさの氷の槍がロックを襲う。木々を薙ぎ払い、地を削りながら放たれた大槍が消滅する頃には、その後にミリィを守る結界の他に草の根一つ残さなかった。


「はぁ、はぁ、危なかった。アイツ何なのよ……とんでもない化け物じゃない!!」

「おいイオリ! 落されたフゥとソアラも居るんだぞ! 仲間を殺す気か!」

「クーリヤック、心配ないわよ。彼女達は巻き込まないように撃ったもの。……ねぇリーダー、今の人って多分……」

「なるほど、君が術者だね?」

「っ!!」


 決着を悟った瞬間、それが最も無防備なタイミングであることをロックはよく知っていた。

 倒した相手に至近距離で話し掛けられたことで、完全に膠着してしまったイオリと呼ばれた者は、ロックの指が額に触れた途端苦痛の絶叫を上げる。


「【神器 ハンドオーダー】」

「ア"ァア"ッアアッアアッッッッ!!!!」


 神器とは、ロックが今生で五つ制作する彼を象徴する仕事道具の名称である。そのうちの一つは既に完成しており、『医療手袋』を元に作られた【神器 ハンドオーダー】。対象の魔力や魔力回路を事が出来る超ド級の異物である。

 生物の魔力を引き抜く場合、乱暴にすればするほど想像を絶する苦痛に襲われる。ロックは戦闘不能にするため、あえてギリギリ気絶するであろう力加減でイオリの魔力を捲り返していた。


「この野郎!!」


 ローブで身を隠す最後の一人は背の低い男性。襲い来るその手には極東の島国でしか生産できないとされる忍者刀。ロックの腕に抱かれる形で気を失っている女性が『イオリ』と呼ばれていることから、おそらくかなり遠くの他国から渡ってきたのだろうとロックは推測した。

 速度に自信があるのか、クーリヤックは緩急のある乱撃を放ちつつイオリを取り戻すタイミングを探る。察したロックはわざと彼女を解放し、いったん距離を保つことにした。


「イオリ! イオリ!」

「クーリヤック、イオリを安全な場所へ。ついでにフゥ達も護符で守ってやれ。まだ生きている」

「ランドルフ……俺が戻るまで無茶すんなよ!」


 クーリヤックが離脱するまで静かに待っていたロックを見て、大剣と携えた重戦士ランドルフは鼻で笑った。


「行かせるのか。随分余裕じゃないか。初手で三人持っていくその力量。俺たちは虎の尾を踏んでしまったらしい」

「僕は別に戦いたいわけじゃないからね。話し合いで解決できるならそれに越したことはない。ただ、ミリィに攻撃を加えた償いはしてもらったけどね」

「ふん、簡単に言う。これでも俺達はSランク筆頭。こことは別の国だが『レジェンズ』の称号を賜ってる身ではあるんだが、ここまで一方的にやられたのは初めてだ。これは強者に対する騎士としての矜持だが、名を聞いてもいいかな?」

「ロック・デュベル」

「デュベル……覚えておこう。俺はランドロス・フォルス・アークライト。東の大国【聖エルトリア帝国】の侯爵家の者だ。」


 ロックはその名乗りにやや驚いていた。【聖エルトリア連合国】は古くからトリアイナ王国と同盟を築いている良き隣人である。その侯爵家が、身を隠しながらトリアイナの住民を襲っておいて正確に名乗った。彼らの目的は何であれ、ロックが国に報告してしまえば確実に関係に影響する。

 考察したい気持ちもあるが、ロックは先にハンドオーダーを外してポーチにしまった。


「そうか。とりあえず地上に降りないか? お互い装備で浮かんでいるだけで空中戦は得意じゃなさそうだしね」

「気遣い感謝する」


 二人は警戒を保ったまま緩やかに着地。乗り物として使っていた予備の【アレイジャイル】もポーチにしまう。

 ロックが武装を解いたのに反して、ランドロスはまだ臨戦態勢。話し合いは可能だろうが、戦闘は続行だろうとロックは首をひねる。


「さて、時間稼ぎを狙っているみたいだし、襲ってきた理由でも聞いておこうか」

「……俺達はこの国で蔓延っている闇ギルドの者を駆逐しに来た」

「闇ギルド?」

「あぁ、我が国に持ち込まれた大量の麻薬。その原産地がこの森であることを突き止めた。貴様らが狩っていたアルラウネ・ホリックがその原材料となるのだが、ヤツはこの森にしか生息しておらず、闇ギルドが麻薬を仕入れるにはここに来るしかないのだ」

「なるほどね。だから討伐目的で来たと言っても無実の証明にはならないと」

「そうだ。しかも恥ずかしい事に我々は二度奴らを取り逃がしている。隠密性能の高さに加え、自身は冒険者だから許してほしいなど口八丁に騙して犯罪を行う。三度目は無い。見つけ次第拘束することが最善だと気付いたのだ」

「ふ~ん、参ったね」


 状況に前例があるなら、この会話に大した意味はない。ロックとしては対人訓練になるため闇ギルドの討伐に加担してもいいが、それには二つほど条件がありそうだった。

 一つ目は大人しく付いて行き、尋問なり拷問を受けてから協力する。

 二つ目は力づくで返り討ちにした後、王国経由で身の潔白を証明する。

 どちらも面倒だし、ミルティが嫌がるだろうなと頭を悩ませた。


「僕は闇ギルドの知識がない。最近出来たものなんだろうけど、犯罪組織という認識で合っているかい?」

「そうだが、おかしな事を言う。今や世界的に驚異とされている闇ギルドを知らんとは。貴様、出身はどこだ?」

「この国の小さな村さ。長いこと情報が入らないところに引きこもっていたんだ」

「…………ランクは?」

「Dランクだよ」


 余りにも嘘くさい。状況が状況だけにロックの言葉が薄っぺらく聞こえることは、自身にもよく分かっていた。ランドルフが大剣を構え直したことと言い、そろそろ休憩は終わりのようだ。


「もういいのかい?」

「あぁ、仲間の安全は確保された。続きを」

「一つ決め事をしよう。僕が勝ったら闇ギルドの討伐を手伝ってもいいかな?」

「負けたらどうする」


 ロックの後ろからも殺意が漏れる。クーリヤックが戻ってきて挟まれたらしい。

 依然、ロックには何の問題もない。


「考える必要あるのかい?」

「笑止!!」


 その巨体からは想像も出来ない速度で突撃してくるランドルフと、音を消して影に潜んで奇襲を狙うクーリヤック。ロックは鎖付きのベルを装着すると同時に指示を出した。


「後ろは任せたよ」

「任されました!」


 ロックとクーリヤックの間に割って入った魔力ダダ漏れのミリィは、彼の忍者刀を粉々にする勢いで斧を殴り付けた。


「なっ、もう回復したのか! てかなんだコイツの魔力!! これがか!?」

「よくも恥をかかせてくれましたね! あのスキルは貴方のものですか!?」

「言うわけねぇだろ!!」


 離れたいクーリヤックと追い掛けるミリィ。二人の追いかけっこは思いの外派手で、森の至る所で爆発が起こった。

 一方、ランドルフの本気の一撃を武器とも言えない得物で受け止めたロックは、その後も続く斬撃を器用に凌いでいた。


「まるで鎖分銅だが、鞭のようにも見える。極められし自己流というやつか。隙がない」

「それはこちらの台詞でもあるね。でも、そろそろかな」


 ロックは一度距離を取って、鎖を引き寄せてベルを鳴らす。音が森に反響した瞬間、ランドルフの全身鎧の至る所に亀裂が入った。

 ロックが近接戦闘で多用する鎖付きベル。飯屋や宿屋で使われる呼び鈴を元にした【リーン・フロウ・グロウ】。縦横無尽の軌道性に加え、先端のベルは何かに接触する度に特殊な音波を放ち相手の装備をじわじわと破壊する。


「……くく、精霊の鎧がこれでは使い物にならんな。弁償はしてくれるのか?」

「これでも魔工技師『改修屋』だからね。敵対しないのなら直してあげるよ。もちろん、客としてね」

「改修屋だと? なるほど、そういうことか。だからデュベルか……」


 ランドルフは長く息を吐き切り、大剣を地面に刺して胡座をかいて座り込む。


「クーリヤック!! 止めだ!! 戻ってこい!!」

「あ、やめね……そりゃー、助かったわ……」


 クーリヤックはいつの間にか戻ってきていた。全身ボロボロでミリィに担がれた状態だが。


「お前も負けたのか。参った参った! たった二人に全滅だ! ハッハッハ!」

「何でアンタだけピンピンしてんだよ……負け認めんのは仕方ねぇがせめて最後までやってくれってんだ」

「これでも粘った方だ。さぁ、みんなを起こしてするぞ! とんでもない事をしてしまったのだからな!」

「失敗三回目か……俺たち運がねぇのかなぁ」






 逃げられないよう展開された夜の結界は既に解除され、戦闘不能者は全員目を覚ましていた。ロックが倒した三人はいずれも軽傷だったが、ミリィが戦ったクーリヤックは全快には程遠く、個人的な恨みが込められていたのだろう。

 賭けはロックの勝ち。という体裁に準じることに収まり、晴れて味方になったというのにやや微妙な空気であった。具体的には、真っ先に撃墜されたフゥとソアラは始まりから終わりまで気絶していた形となり理解が追いつかない。最も精神的ダメージを受けたイオリは内心ロックにビビりまくっていたのである。


「自己紹介でも……する?」


 フゥがそう言い、皆が口々に相槌だけ零す。

 全員隠者のローブを脱いでいたことで、容姿や雰囲気がよくわかる。全体的に若いが、それぞれに強者のオーラが溢れていた。

 その中で、一番小さな女の子が手を挙げ、まずは自分からと口火を切る。


「フゥって言います。エルフとドワーフのハーフで、パーティー【聖なる崩壊セイクリッド・ダウン】のバッファーです。よく何百歳?って聞かれますけど、まだ18歳なので見た目通り子供です」


 眠っているように見えるほど糸目のフゥは、どこか掴みどころのないふわふわしたテンション。長く白い髪と土色の肌がそれぞれエルフとドワーフの特徴を綺麗に受け継いでいた。


「じゃあ、次は自分っすね! ソアラ・リコル。リコル村出身ってだけなんで、呼ぶ時はソアラかソアラちゃんって呼んで欲しいっす! パーティーの役割は前衛の徒手空拳ナックラーと、斥候も少し出来ます! 年は十八歳です! フゥと同じ孤児院で育ちました!」


 元気にポニーテールをぴょこぴょこさせる赤髪の少女。ロックは直感で、この子を最初に落としておいて良かったと思った。こういうタイプは時間稼ぎが上手く、彼女の動向によってパーティーの動きが変わってくる。


「ふん、俺はクーリヤック・マルデントロ。マルデントロも孤児院の名前だからクーリヤックでいい。極東の忍者って言われるやつだ。斥候と暗殺、あと護符でのアシストがメインだ」

「クーリヤック、年齢は?」

「絶対いらねぇだろその情報。二十九だよ」


 切れ長の目にギザ歯の悪人面。しかし、振る舞いにはワガママ姉妹に振り回される良い兄のようで、パーティー内でのストッパー役である事は誰が見ても分かる。ローブを脱いでも黒装束であるため印象はあまり変わらなかった。


「…………」

「では改めて俺も名乗っておこう」


 イオリを気遣ってランドルフは先に手を上げる。


「ランドロス・フォルス・アークライト。聖エルトリア帝国、アークライト侯爵家の次男だ。【聖なる崩壊セイクリッド・ダウン】のリーダーとしてこの世界の悪質な事件を解決して回っている」

「騎士のような目的なんだね。自国外も粛清対象とはまた珍しい」

「実際、騎士の家系だ。エルトリアは最も治安維持に力を入れている国だ。内の犯罪を止めるものは十分過ぎる為、外から入り込んでくる悪を先んじて取り除くことを目的としている。まぁ、そんな考えのものは俺達以外にいないがな。歳は二十六になる」


 まさに騎士然とした凛々しい顔立ち。貴族が冒険者になるなど周りの反対も厳しかったであろう。ロックは彼の意志の強さと、それを慕う仲間との関係性に好感が持てた。

 まだ心を開かないイオリ。今度はロック達が答える番だ。


「ロック・デュベル。二十二歳だよ。魔工技師として改修屋になるのが夢かな」

「ミリィです。ロックさんの助手になるのが夢です。十五歳です」

「なんだ、それだけか? 強さの秘密も教えてくれて構わないぞ?」

「多分みんなと同じだよ。死なない事を心掛けている。後は死線を普通の人よりちょっと多く経験してるくらいだよ」

「ちょっとではなさそうだな」


 どうやらランドルフはロックの素性に興味津々らしい。

 その後も和気あいあいと談笑に入ったが、イオリはずっと膝を抱えて傍観していた。流石に様子がおかしいと気にかけたフゥは、ツンツンと指で彼女をつつく。


「どうしたのイオリ? まだロックさんのことがこわい? 大丈夫、優しい人だよ?」

「う、うん……」

「僕が怖いっていうより、別の理由で警戒しているんだよ。無理はしなくていい」

「別の理由?」


 皆が疑問を抱く中、当の本人であるイオリはロックの言葉に冷や汗を流す。

「やっぱり」と心の中で納得したロックは、その意味を説明する事にした。


「イオリ、君は【アンレーヴ】なんだろ?」

「っ!!」


 その言葉を聞いて、ランドルフは思わず立ち上がる。何かしようとしたわけではなく、身体が自然とイオリを守れるよう反射したのだ。


「なぜ……それを知っている」

「知っていたわけじゃないよ。直感で『この子は一線を越えている』って感じたんだ。現にイオリも、僕のことを知らないのに警戒を解けていない」

「おいおい、まさか……」

「僕も【アンレーヴ】の域に達している。諸事情で保留にしてもらっているけどね」


 総員絶句。まさか、世界で四人しか確認されていないアンレーヴが、新たに確約された五人目を加え二人が揃っている。神獣が二体並び立っているくらいの奇跡だった。

 イオリは観念したのか、細く息を吐くとロックに向き直った。


「そうだと思った。ごめんなさい、私のことがバレてるだろうなって思ったら身体が強ばっちゃって……」

「仕方ないよ。僕だって初めてのことだし、正直得体の知れない生物って感覚がまだ拭えていない。扱いに困惑しているのはお互い様なんだ」

「ふふ、その割に随分落ち着いているのね」

「僕の目的は決まっているからさ。それさえ達成出来るようにしておけば多少余裕が出る」

「なによ、目的って」

「ミリィを守る。一度勝っている相手にすぐさま負ける道理はない」

「貴方の方が強いからこっちは警戒してるのに……ずるい話」

「まぁね」


 まるで歴史の一頁を観ているように、アンレーヴの二人以外は静観する。とはいえ、ここにいるのは出会ったばかりの人同士。ランドルフはハッと我に返ってロックの手を掴む。


「ロック! 頼みがあるんだ!」

「え、何かな?」


 ランドルフは、常々考えていた悩みを思い切って相談することにした。

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