ヒスイと金魚

 訪れた旅館の床の間に、巨大なヒスイが飾られているのを目にしたことがある。

 最初、それをヒスイだとは思わなかった。緑色ではあるのだが、透き通っていて、中がクッキリと見えたからだ。

 石の中には水が溜まっていて、その中を金魚が一匹、悠々と泳いでいた。紅色が鮮やかな出目金だった。

 おかしなことには、出目金はふとした弾みで、ヒスイの中から消えてしまうのだった。光の悪戯や見ている角度が問題なのではなく、本当に見えない隙間に入り込むかのように、フッと見えなくなってしまうのだ。

 部屋に案内してくれた仲居に尋ねると、この辺りでよく採れる透明なヒスイなのだという。ヒスイの中には時々水が入っていて、中に金魚が紛れ込んでいることがある。

 金魚の姿が消えるのは知っているが、どういう仕組みなのかはわからない。ただ、この辺りの住人は、ヒスイの水は、どこか違う水槽と繋がっていて、金魚自身も知らぬ内に、ヒスイと別の水槽の中を行き来しているのではないかと囁いている、とのことだった。

 水の溜まったヒスイは買えると聞いたが、値段を聞いて、すぐに諦めてしまった。

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