第6話 日曜

 親友に、どのぐらいの時間に入るか聞いておいたので、それを目安に球場に行って見る。市営球場なのでそんなに大きいものではないので、試合をしている彼らまでの距離はそんなにないのだと思う。


 でもやっぱり距離はある。最前列まで行けばいつもより近いので大きく撮れるかも。私の他にもカメラを持っている大人はいて、たぶん選手の御父兄なのだろうなぁって思いながら見ていた。中には望遠鏡のようなレンズをつけている人もいる。恐る恐る自分のカメラを出してみたけれど、そこまで違和感はないみたい。


 試合が始まって流れを見ているけれど、彼が相手選手のバッターに打たせないようにしているのがわかる。親友にカーブやシュートなど変化球の仕組みを教わっていたが、今目の前で彼が投げている球はわからなかった。それでも相手チームのバットは空を切りバットに当たることはない。


 たまに当たったと思ったら、高ぁく上がって、味方のミットに収まっていた。やっぱり彼のピッチャーとしての才で勝てているのだ。野球がよくわからない私でもわかった。


 私は深呼吸をしてファインダーを覗く。初めて彼をカメラの中の世界へと招待する。彼がこの中では大きく映る。今までは一枚一枚シャッターを切っていたが、おじいちゃんに教わり連写なるものを知った。


 少しタイミングにコツがあるのでおじいちゃんと練習した。しかもこのレンズはピント合わせがオートではない。そう自分で合わせないといけないのだ。でもピッチャーはマウンドに立っているので距離は大きく動くことはない。ある程度ピントを合わせたら連写のタイミングを見て一気にシャッターを押す。


 彼が振りかぶってから、投げる直前ちょっと早めにシャッターを押す。そこまでカメラの性能が高くないので撮り終わった後も一生懸命写真をSDカードに書き込んでいる。


 また彼が投げる。写真を撮る。また投げる。その繰り返しだ。彼は変幻自在にボールを操り、相手チームバッターを翻弄していく。周りの大人のカメラはボールの先を折ったり色々なところに向いているが、私のレンズは彼しか映していない。


 確認のため撮った写真を見ようと思っているが今はそんな暇はない。彼の変化球の一球一球を全てカメラにおさめていた。おじいちゃんから借りたレンズは真っ直ぐ彼を見て彼を映していた。そう彼に向けて真っ直ぐストレートを投げるみたいにだ。私の思いもおじいちゃんのレンズも一択、それしか選べないのだ。


 気がつくと試合が終わり我が校は勝った。やっぱり彼の投球がすごいのだと感じる。私も疲れた。集中が切れたあとどっと疲れた。そのあと彼がでてくるところを見かけたが、周りにはたくさんの人がいて近づけなかった。先ほどまでカメラの中にいた彼が、現実では遠い世界の人というのを実感してしまった。私は無意識にため息をつく。


家に帰り、写真を取り込む。夢中になってシャッターを切っていたので200枚を超えていた。


「あちゃ〜、これフィルムでやっていたらお金がいくらあっても足りないな。」


なんてひとりごとをつぶやいていた。

今回おじいちゃんにレンズを借りてよかった。おじいちゃんと特訓してよかった。彼の姿が大きく写った写真を見て口元が緩む。


「いいなぁ彼。中学のときともっと話しておけばよかった。」


本当に後悔しても始まらない。でもこうして今彼の写真を撮ることができるこのに感謝しよう。手元には小さなカメラがあり、大きなレンズもある。これで彼を撮ることができるのはありがたいはず。


「このレンズおじいちゃん大切にしていたみたいだけれど、借りてよかったのかな?」


 おじいちゃんのレンズはとてもきれいに手入れされて、愛情を込めてメンテしているのがわかる。私もできる限り大切にしよう。


 ふと今日のことを思い出す。試合後彼との距離が大きく離れていたことに気づいた。今までそうだったのだから近くなるわけがないのだ。でも、カメラの中で近くなった彼の姿を見ていたので距離が短くなったと勘違いしていた。写真を見ながらそんなこと考えていた。


 写真を見ていたら今までずっと横顔だった彼の顔が、こちらを見ている写真があった。どきっとしたが、視線はこちら全体を見ている感じだから私を見ているわけではないのだけれど、いつも横顔や後ろ姿しか撮ったことないので正面を向いている写真には驚いてしまった。


 写真を見ているだけで顔が熱くなる。もやもやした気持ちのまま時間だけが過ぎていった。

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