フキの葉

横手さき

フキの葉

 秋田の何処か。

 春でも夏でもない季節。



 一日目の天気は雨。

 とある小学校の昇降口で、一人の少年が雨止みを待っていた。

 ―――ババァが言ったとおり持ってくればよかった。

 彼は、朝に母親から『傘もっていきなさい』 と言われたことを思い出した。だが最近、彼は母親の言うことが何もかもうっとうしいと感じており、『何々しなさい』と言われると、ついつい反抗的な態度をとっていた。

 今日の朝もそれである。

 加えて今日の放課後、彼は居残りをしていた。本日が期限の作文を提出していなかったからだ。作文が苦手な彼はようやくそれを書き終え、先生に叩きつけるように提出した。

 それがつい先ほどのこと。

 ―――しゃーない。濡れながら帰るか。

 彼はおっくうとして雨空を見上げる。濡れて家に帰り、また母親にガミガミ言われると思うと気が滅入った。彼以外の生徒は皆、とうの昔に下校している。彼はちらりと傘立てを見る。当然、そこには傘が一本もない。

「ねぇ傘ないの?」

 突然、背後から声がした。少女の声だ。彼は恐る恐る振り返る。

 そこには、栗色の長い髪とリスのような瞳が印象的な女の子が立っていた。彼女の髪の毛先は雨で少し濡れている。

 ―――・・・だれだ?

「入れてあげよっか?」

 彼の顔を下から覗き込み、からかう様に言う。長い髪がはらりと肩から流れた。

 彼は彼女と目線が合い、ずぐに目を逸らした。彼の頬は少し赤い。彼女はじっとくりくりな瞳で彼を見ている。

「・・・いらない」

 ぶっきらぼうに彼は言う。

「私の傘はねぇ・・・」

 彼女が傘立てに近づきながら言った。彼の目線も傘立てへと移る。そして彼女は自分の傘を手に取る。それを見た少年は一瞬、『え?』と声を上げ、目を瞬いた。

「ほら!けっこう大きいよ」

 開かれたたのは、美しい青柳色が印象的な大きな傘。彼女が言うように、小学生が持つような大きさではない。そして彼女は彼に近づき、彼を傘の中にほいっと入れる。相合傘になった。今、二人の顔はとても近い。

「・・・いいって!」

 次の瞬間、彼は傘下から勢いよく飛び出し、雨の中に駆け出していった。

 走っているからなのか、彼の頬は赤いままだった。

 傘を差していない少年が、雨の中を進んで行った。



 二日目の天気は雨。

 朝。登校した彼は昇降口の傘立てに自分の傘を入れた。制服の裾と靴は雨に濡れ、朝から気分が沈む。本日も雨のため、傘立てには多くの傘がある。ふと隣の傘立てを見ると、他の傘よりもハンドル二つ分ほど出ている青柳色の傘がある。昨日の彼女の傘だ。

 ―――やっぱりこの学校にいるんだ。

 普段、人の傘など気にも留めないが、その傘のことは不思議と気になった。

 彼は日中ずっと、もしかしたら彼女を見かける事があるかもしれないと思い過ごした。しかし結局、彼女を見ることは無かった。

 そして、そのまま放課後を迎える。

 彼は友達二人と教室を出て、昇降口に向かった。天気は昼に少し晴れたが、また雨に変わってしまった。湿気でべたつく廊下や階段を三人で群れながら歩き、昇降口へと着く。そして彼と友達の二人は、下駄箱の前に並ぶ。

「じゃあ帰ったら薫風の広場で集合な!」

「おれ武器修理していくから遅れる。二人で先に倒しておいて」

 彼と友達二人は、今三人で攻略をしているゲームの事を話している。彼もゲームにログイン後、すぐに戦闘できるように装備を整えていたため、『お前また修理してねーのかよ』っと言おうとした。その矢先。

「ねぇ傘ないの」

 彼らの背後に、少し大きい声が響いた。彼にはその声の主が誰かすぐに分かったが、大きな声にびくりとしていた。

「「・・・?」」

 後ろを振り向いた友達二人は、『どちら様ですか?』というような表情をしている。

「え?お前?」

「いや違う」

 友達の二人は、お互いの顔を見て会話し、再び彼女へと目を向ける。そして、友達二人の視線は彼へと移る。彼の目に移っているのは、昨日の彼女だ。

「今日傘忘れたの・・・」

 彼女がリスの瞳を潤ませながら言う。

 彼は頭の中に、朝に見た傘立ての事を思い浮かべた。

 ―――あの傘、確かにあったよな。

 彼は傘立てを見る。傘立てには、何本か傘が差さっていたが、朝に見た青柳色の傘はそこに無い。傘立てから彼女へと視線を戻す。

「だ、誰かにとられたのかよ」

「ううん。忘れたの・・・」

 彼女の大きな瞳には涙が浮かび、今にも泣き出してしまいそうだ。友達二人を含めた周りからは、彼が彼女を泣かせているように見えていた。彼は少年ながら、この状況はまずいと感じた。

「お、俺の傘貸すから。・・・コレ!」

 彼は傘立てから自分の傘を抜き、すこし強引に彼女の前に差し出す。彼の顔は昨日と同様に少し赤い。

 彼女はその傘を見た途端、ぱぁと明るい顔になった。

「でもいいの?」

 彼女が彼に問う。彼は周りを一瞥した。明らかに全員の視線が自分に注がれている。

「あ、明日返してくれるならいい」

「ありがとう!」

 彼女は破顔して言った。彼は彼女の笑みを見て、さらに顔を赤くした。胸は普段の倍以上の速さで鼓動を打っている。それに耐えきれなくなった彼は、彼女から視線を外し、友達二人へと向けた。

「おい、お前の傘に入れろ!」

 彼は友達一人に言う。

 二張りの傘が右往左往しながら、雨の中を進んで行った。



 三日目の天気は晴。

 会えなかった。



 四日目の天気は雨。

「ごめんね。昨日は風邪ひいて休んでいたの」

 放課後、昇降口で彼女が彼に謝っている。彼は、『なんでそっちが風邪をひくんだよ』という顔をしたが、彼女に会うことができて、どこかほっとしている。彼が彼女に聞くと、今日はずっと昇降口で待っていたとのこと。もちろん彼女の手には、青柳色の大きな傘と彼の傘が二本ある。彼は傘立てから自分の傘を取る。

「なんか多いよね、へへ」

 彼女が照れるように笑う。今、合計で三本の傘が二人の手にある。

「ないよりは全然いい」

 彼は彼女に言う。二日前と比べ、彼は照れてはいるが、彼女と会話ができている。彼女は彼の顔を覗き込んだ。

「今日お友達は?」

「あいつらは掃除当番」

「今日もお友達とゲームで遊ぶの?」

「うん」

「ゲーム楽しそうだもんね」

「うん楽しい」

「じゃあ、一緒にかえろ?」

「なんでじゃあなんだよ」

「誰かにみられるのいや?」

「・・・」

「わたし気にしないよ?」

「いや俺が気にするし、その傘は目立つ」

 そう言われた彼女は何かひらめいたのか、彼の顔を覗き込むのを止め、くるりと周り彼と距離を置いた。そして小さな舞姫は傘を開く。広げられた傘は、青柳色の傘ではなく、彼の貸した傘だった。

「こっちなら目立たないよ?」

 彼は彼女が披露した可憐な踊りに惚けていたが、すぐ我に返る。そして暫し考え、ぶっきらぼうに言い放つ。

「と、途中までな」

「くるしゅうないよ」

 二張りの傘が、雨の中を進んで行った。



 五日目の天気は雨。

 今日も傘立てには多くの傘が差さっている。

『わたしね、実はね、昔にねあなたと会ったことあるの』

 昨日、彼女は別れ際そのような言葉を彼に言った。彼の頭の中では、昨日からその言葉が反芻されている。昨日、彼は帰宅後、屈辱ながら母親にアルバムを見たいと言った。いつもはカリカリしてお怒っている母親も、その時は顔を少し綻ばせ、彼にアルバムを渡してくれた。彼は、もしかしたら彼女が写っているかもしれないと思い、アルバム内をくまなく探したが、結局見つけることができなかった。その代償で今日は寝不足である。

「昨日のクエスト報酬、星涼しの大剣だったんだぞ!」

「お前もインすればよかったのに」

 彼の後ろで友達二人がわいわいと言っているが、彼には全く聞こえていない。彼は机に座りながら少し晴れた空を見ていた。ずっと彼女の事を考えており、心ここにあらずだ。

 ―――もしかしてあの子は俺にしか見えていない?

 彼は急に不安になった。そして彼らに問う。

「なあ、この前のこと覚えているか?」

「「?」」

「ほら、俺が傘を渡したやつのことだよ」

 ―――まさか本当に?

 ごくりと生唾を飲んだ。

「ああ」

「お前とあの子のせいで俺の全袖は涙した」

 ―――だよな。

 彼は安心した。そんなことあるはずが無かった。ここはゲームのような世界ではない。母親に『ゲームのしすぎ!』と怒られた時はムカっとしたが、確かにやりすぎは良くないのではないか、と思った。

 そして放課後になり、彼と友達二人はいつものように群れながら昇降口へ向かった。廊下は、昼過ぎからまた降り始めた雨のせいでじめっとしており薄暗い。

 彼は彼女に会ったら聞こうと思っていた。いつ、どこで自分と会ったことがあるのか教えてほしかった。自分のアルバムには彼女は写っていなかったが、もしかしたら彼女のアルバムには自分が写っているのではないか。彼は、そのような淡い期待を抱きながら昇降口に着いた。

 だが、そこに彼女はいなかった。

 彼はまたしても不安になった。

 ―――やはりあの子はこの世にいないのでは?

 彼と友達の二人は、下駄箱の前に横一列で並んだ。

「今日おまえの彼女いないじゃん」

「え?そうなの?」

 彼の左耳に、二人の証言が届いた。

 ―――いやあの子は確かにいる。こいつらにも見えていた。

 きっと今日はたまたまいないだけだろう。そのように考え、自分を無理矢理安心させる。そして、彼は下駄箱の扉に左手をかけながら二人を睨む。

「彼女とかじゃねーし」

 そして扉を開け、

 視線を右へ移す。

                        目の動きが止まった。                

 靴の上に何かある。

 彼は右手でそっと手に取る。

 それは可愛らしい葉っぱの形をした手紙だった。

 手紙の色は青柳。彼女の大きな傘と同じ色。今日はもう見られないと思っていた色。

 彼はゆっくりと扉を閉めた。

「・・・俺、放課後呼ばれているの忘れてた。お前ら先帰って」

「また作文かよ」

「今日はインしろよ」

 二張りの傘が、雨の中を進んで行った。

 しばらくして、一張りの傘が、雨の中を進んで行った。



 六日目の天気は晴。

 何も手に付かなかった。



 七日目の天気は雨。

 昼過ぎ。彼は傘を差しながら歩いていた。右手にはマップを表示したスマホが握られている。向かう先は彼女の家。一昨日の手紙は、彼女からの招待状だった。

 ―――・・・。

 彼はかなり迷って家を出てきた。そもそも、今までの人生で女子の家に遊びに行ったことなどない。普段はゲームばかりしていて、女子が何をして遊んでいるのか、どういうことが楽しいのか皆目見当もつかない。

 ―――外で遊ぶ?

                『北に進みます』

 ―――いや今日は雨だ。

                『右方向です』

 ―――家の中?

                『北西に進みます』

 ―――北西ってどっちだ?

                『道路を渡ります』

 ―――トランプとか?

                『北に進みます』

 彼は考えたが、結局分からない。

                『目的地に到着しました。お疲れさまでした。』

 顔を上げる。

 右手には立派な板塀があり、少し遠くにある門前に青柳色の傘が見えた。そしてその傘が彼のもとへ、すたすたと駆け寄ってくる。彼の横には桜色のアジサイが綺麗に咲いている。

「来てくれたんだ!」

「う、うん」

 彼女が嬉しそうに言った。少しびっくりしたような顔もしている。

「でもまだ早いよ?」

「お、遅れるとあれだから」

 二張りの傘も三日ぶりに会い、それらは仲良く並んで進む。

 門をくぐると、そこは大きな日本庭園となっていた。庭園内には大きな池がありハスが美しく咲いていた。庭園のあちこちにはアジサイ、ミズバショウ、ハナショウブ、サンカヨウなどが咲き乱れ、彼の来訪を歓迎してくれている。そして、それらを引き立てるようにフキの葉達が優しく佇んでいる。

 二人は石畳の上を歩き、玄関に着いた。彼女が玄関の大きな引き戸を開く。

「さ、入って入って!」

 彼女は喜々として言う。

「お、おじゃまします」

 彼は自分の傘をたたみ、ばさばさと動かし雨粒を落とした後、玄関へと入る。入った先はとても明るく杉の好い香りがした。彼女の家の玄関はとても広く、天井も高い。彼はきょろきょろと傘立てを探した。しかし、広大な玄関のどこにも傘立てがない。彼女は傘を足元に置き、戸を閉める。

「あ!傘はそのままでいいよ」

「え?」

 玄関には実に多くの傘があった。洋傘、番傘、蛇の目傘、海傘、子傘、舞傘、日傘など多くの種類がある。天井にも多くの傘がある。そして、それらの傘は皆開かれており、たたまれている傘は一つもない。いずれの傘も若々とした緑溢れる色をしていた。玄関の中央奥はあずま屋となっており、屋根のようなとても大きい和傘が少し斜めに開かれている。

「ここに置いて、乾かすから」

「う、うん」

 彼は傘を開き、彼女の傘の隣に置く。とても不思議な気持ちになった。

「あらあら、いらっしゃい」

 あずま屋の中から女性が出てきて彼に言った。とても品のある立ち振る舞いをしている。声色も凛として透き通っており清らかだ。瞳は懐かしむように彼を見ている。

「お、おお、おじゃまします」

 秋田美人ここに在り。彼はしどろもどろになった。

「お母さん、彼だよ!」

 彼女は母親に寄り添いながらに言う。母親は彼女を一瞥し、また彼を見る。

「ええ。いつもこの子に優しくしてくれて、どうもありがとう」

「い、いえ」

「実はこの子、朝からずっと外で待っていたんですよ」

「お母さん!それは言わないで!」

「ふふ。さ、お茶菓子の用意ができていますよ」

 彼はあずま屋へと通される。よくあるようなあずま屋と違い、緋毛繊が掛けられた長椅子と机の他、広さ八畳ほどの畳小上がりがあった。その小上がりには、組み立て途中の傘があり、骨けずり途中の竹や糊が入った鍋と刷毛、ろくろ、傘布、広がった新聞紙などがある。

 彼と彼女は並んで長椅子に座る。母親はいそいそと机の上で支度をする。

「お母さん、お父さんは?」

「お昼前からエゴノキを見に行ってますよ。はい、どうぞ」

 母親が、夏空を閉じ込めたような色をした水羊羹を二人の前に並べてくれた。そして豪奢な湯呑み茶碗に、茶を手際よく急須で注ぎ、彼の前にゆっくりと置いてくれた。注がれた茶は見たこともない綺麗な深緑の色をしており、金の茶柱が立っていた。

「あ、ありがとうございます」

 彼は頭を深く下げ言う。母親は『いいえ』と優しく返してくれた。

「そっか・・・」

「あの人も私と同じく、彼に感謝してますよ」

「うん、ならいいや」

「さ、お母さんはお仕事に戻ります。どうぞごゆっくりしていってくださいね」

 母親は二人に優しく微笑み、小上がりに向かう。彼は母親の後ろ姿を見送り、彼女の方を向く。

「あ、あのさ」

「なつぞら、おいひいよ?」

 彼はいろいろ聞こうとした。しかし、彼女は黒文字で羊羹を切り分け、小さな口にほおばりながら彼に言った。

 ―――まずは食べてそれから聞こう。

 彼も初めて手にした黒文字を使い口元に運ぶ。このような上品な菓子は初めてで少し緊張しながら口の中に入れる。次の瞬間、彼の口の中には空が広がった。大きくそびえる入道雲に夏の天の川をかけたような摩訶不思議な味がした。今まで食べたどんな菓子よりも遥かに美味しく、比べること自体がおこがましいと思うほどだった。

「・・・ありえないほどうめーこれ」

「おちゃも飲んでおちゃも」

 彼女に言われ茶碗を手にする。茶碗は温かく、雨で冷えていた指を優しく温めた。口縁に唇を据える。熱くも温くもない丁度いい湯かげんみたいだ。彼は普段、このような茶など飲まないが、鼻孔が早くも絆されてしまう。そして一口。

 序、舌には灼熱の太陽に照らされる青田が敷かれた。

 破、緑茂山々から零れた清流が濁流となり押し寄せた。

 急、昨夜の琴座を砕いて作った砂糖が舌上に舞い降りた。

 彼は今まで味わったことのない飲み物を前にしばらく無言だった。

「ど?わたし葉っぱ選んだの」

「これもやべーくらいおいしい苦くない」

 羊羹と同様に、こちらも比類のない味だった。彼の一番好きな飲み物は、缶で売っている蜂蜜檸檬だがそれを優に超えた。どうして自分の母親はこういう飲み物やお菓子を普段出してくれないんだと少し怒った。

「ふふん」

 彼女は自分が褒められたような気分となりご機嫌になる。

「えっと、あのさ」

「うん?」

 彼は茶碗が割れない様にそっと置きながら言う。彼女は羊羹を再度ほおばる。

「昔俺と会ったことあるって言ってたけど、どこで?」

「ほほだよ?」

「え?」

「ここここ」

 ここと言われても、彼の記憶にはこの場所はそもそもない。今日初めて来た場所だ。とすると物心がつく前の話だろうか。彼はお茶を飲んでる彼女を見る。

「いつぐらい?保育園のときとか?」

「わたしもよく覚えてないの。けどお父さんがこの前お写真を見せてくれたの。えーとねぇ・・・」

 彼女が机の下からごそごそと何かを出す。

「ほらこれ、こっちとかも」

 机の上に出されたのは緑色のアルバムだった。アルバムの小口には、栞として使っているのか葉っぱがいくつか挟んである。彼女はそれを頼りにアルバムを開き、写真を指で指し示す。貼られている写真の縁は、四角ではなく葉っぱの形をしているが、確かに彼と思われる人物が写ってあった。撮影場所も彼女の家の庭園内だ。多くはないが、彼が彼の母親や父親と一緒に写っている写真も中にはある。当然、彼女はいつもアップで写っており、写真の手前あたりで可憐に笑っている。

 彼と彼女が一番近く写っている写真は、彼女の後頭部が手前に大きく写り、彼が彼女の頭に雪の塊を掛けようとしている写真だ。なんとも酷いこと構図だ。おまけに写真の奥では、彼の父親がこちらにカメラを向けて写真を撮っている。彼は過去の自分と父親に代わり、隣にいる彼女に謝罪したいと思った。

「ほんとだ・・・。たしかに俺だ」

「ね?ほんとでしょ」

「俺も自分ちのアルバム見たけど写ってなくて、正直うたがってた」

「ひどい」

「いや、違うんだ、ごめん」

「くるしゅうないよ。それでねわたしね、写真みたとき思ったの」

「ん?」

「『この子は今どこにいるんだろ』って」

「うん」

「だから夜ねむる前にお願いしたの神様に」

「うん」

「もう一度会えますようにって」

「うん」

「そして朝めが覚めたらいつもの空で」

「うん」

「お部屋で遊んでたら、あそこについたの」

「・・・あそこ?・・・ついた・・?」

「しょうこうぐち?っていうの?」

「・・・」                    ―――ん?

「わたしびっくりしたけど嬉しくなったの」

「・・・」

「ああ、写真の子だって。すぐわかった」

「・・・」                    ―――それって・・・。

「傘なさそうにしてたのもすぐわかったよ?」

「・・・」

「だから自分の傘に入れてあげようとしたの」

「・・・」                    ―――あの日・・・?

    相

    合

    傘

     しておこらせちゃったかな?

              顔赤かったもんね?

                           」

 彼は頭の中がこんがらがっていた。写真の方は自分が覚えていないだけだと証明されたが、昇降口の方は全くどう考えていいのか分からない。現実の世界でゲームのような事が起こっている。まるで黒魔術師の時空間転移魔法みたいだ。

「ね、もうすぐいつもの空でなくなっちゃうみたいだからお部屋で遊ぼ?」

 急に彼女が言う。

「お母さん、お部屋で遊んでもいい?」

「はーい。でもすぐに帰って来ないといけませんよ」

 彼女は小上がりの方を見て言い、母親は作業をしながら答える。

 ―――部屋なのに帰って?

 彼の思考回路は停止してしまった。

「さ、いこ!」

 彼女は彼の腕を引っ張りながら言い、そして玄関口へと誘う。

「へ、部屋って?玄関から上がらないの?」

「ん?わたしのおうち、玄関しかないよ?お部屋は外だよ?」

 彼女は床から傘を拾い上げる。

「お部屋の道はせまいから、傘は一張りしか持っていけないの。恥ずかしいかな?」

 一張りの傘が、雨の庭園内を探検していた。



 八日目の天気は晴。

 彼は学校に行っており家にはいない。

 彼の自室の机には開かれたアルバムが置いてある。

 そこには日本庭園で雪遊びをしている彼が写っている。

 写真下のタイトルには母親の文字で次のように書かれてある。


      『フキノトウを救出して』


 彼が彼女の姿を見ることはもう二度となかった。



 今日は梅雨明け。

 秋田にも  夏  が来る。

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フキの葉 横手さき @zangyoudaidenai

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