第95話 感情カード

「これが「寂しい」です」

「さーしー」

「これが「不安」」

「うあー」

「そしてこれが「イライラ」」

「いあいあ」

「これらの感情を感じたら、カードを持って、絵と同じようなジェスチャーをしてください」

「うん」

「これで本当に良くなるんですか?」

 ヒュースターが問う。

「絶対はありません。それにこれは、「治す」というよりも本人がよりよい生活を送れるようにすることが現実的な目標です。治療や支援を通じて、本人や家族の生活の質が向上し、より安定した日常を送ることが可能になる場合がある、というものなんです」

「そうなんですね。ちょっと残念です」

「それでもやらないよりはいいです」


 時刻は12時になった。

「ご飯は介助なしでも大丈夫なんでしたっけ?」

「気を付けてください。あいつ飯を机に塗りますからね」

「そうですか」

 そして実際にエベダは昼食を塗りながら食べた。

「エベダさん。今こそ感情カードの出番ですよ。今どんな気持ちですか?」

 安心のカードが提示された。

「安心ですか」

「なんでそうなるんだよ」

 ナザトは突っ込む。

「食べ物をどう使うかを自分で決定したいという感情の表れですね。予定を把握したいことといい、自立心の初期段階にあるということでしょうね」

「よくわかるな」

 ナザトは驚く。

「エベダさん。それは食べ物です。塗るものではありませんよ」

「うー」

 やや低いトーンで答える。そしてしぶしぶ、大人しく食べ物を口に運ぶ。

「そうです。偉いですね」

 そう言ってオーメンは彼の頭を撫でる。


 日が暮れて彼女たちは宿に戻ることにした。

「じゃあ私たちは戻りますね」

 リコが挨拶をする。

「本日はありがとうございました。本当に助かりました」

「いえ。とんでもない」

 リコが踵を返した時。

「リコちゃん。私はお話してから帰るね」

「分かりました。遅くならないようにしてくださいね」

 リコとナザトは手を振る。

「さて、お母さん。今後の事についてお話しておきます」


「午後に作った予定表を元に、今後彼がいつでも予定が分かる状態にしておいてください」

「はい」

「逸脱行動があった場合は、怒ったりせず、彼の気持ちを汲み取るようにしてください。もし暴れたりするようでしたら、両の手足と頭を防御魔法で囲ってください。これは鍛錬で身に着きます」

「分かりました」

「彼らの行動は、生まれつきのものではなく、彼らの特性と周囲の環境がうまく合っていないことで現れるとされています。環境を整えれば改善していきます」

「そうなんですね」

「それと今後ですが、ヒュースターさんや近所の方たちにも協力してもらわないと、貴女が潰れてしまいます」

「しかし迷惑をかけるわけには」

「そうやって全部を背負おうとして、息子さんと共倒れしたり、ストレスから息子さんに手をあげてしまってからでは遅いんです」

「それはそうですが」

「私には兄がいます。兄もエベダさんと同じ状態なんです」

「!」

「私は幼少の頃から両親が兄の事で手一杯でした。それだけでなく、彼の世話を手伝わされました」

「なんてことを」

「そうです。親の選択は残酷なものでした。しかし兄を放っておけば、より酷いことになるのは火を見るより明らかでした。だから私は両親を責めたりはしません」

「大人にならざるを得なかったんですね」

「そうです。私はそのせいで色んな知識を身につけないといけなくなりました。本当に不本意でした。その点で言うとヒュースターさんは伸び伸びと暮らせていていいと思います」

「ありがとうございます」

「しかしそれで貴女が潰れるのは見過ごせません。もっと周囲を頼ってください。私の家庭ではできませんでしたが、貴女ならきっとできるはずです。この国は名誉が全てではないのでしょう?」

「そうですね。少し勇気を出してみます」

「応援してます」

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