第94話 逸脱行動

 エベダの指の骨が折れるのとほぼ同時に、母が帰ってきた。

「まずい。どうしよう。暴れたのを抑えられなかったなんていえねーよ」

 ナザトは焦る。

「でもすでに出たマイナスを大きくしないためにも、ちゃんと誠心誠意謝らないといけないと思う」

 リコは決意する。

「一応俺からも説得はしてみる」

 ヒュースターもフォローを入れると言ってくれた。


「どうなりましたか?」

 母がこちらにやって来る。

「ごめんなさい」

 ナザトとリコが頭を下げる。

「え?」

「エベダさんを抑えることができず、彼は手の指を折ってしまいました」

「母さん。許してやってくれ。あいつが暴れたら、俺だって怪我させずに抑えるのは難しい」

 謝罪を聞いた母は「そうですか」と言って。そして逆に頭を下げた。

「誠に申し訳ありません。どちらかが怪我をすることは分かっていたんです」

 3人は驚く。

「それでも、1人の時間が欲しかったんです。いつもこの子と一緒で、限界で、そんな時にお2人が来て下さったので、つい甘えてしまいました。本当にごめんなさい」

「そうだったんですね。ならもっと甘えてください」

 リコは彼女の言い分を受け入れた。

「でも」

「大丈夫です。私は傷ついても気にしません。それに、明日は私より頼りになる助っ人を読んでみますから」

「ありがとうございます」

 彼女は涙を浮かべ、感謝した。


 夜。宿に戻った2人は今日の事をオーメンに伝えた。

「お願いします。協力してください」

「なるほどねー。そりゃ確かに私の協力が欲しくなるわけだ」

 彼女はハーと溜息をついた。まさか旅に出てまで、と言いかけたところで口を塞ぐ。

「いいよ。私にしかどうにか出来ないなら、手を貸すよ」

「ありがとう。お姉ちゃん」


 翌日、3人はヒュースターの家に向かった。

「あら、本当に増えてる」

「オーメンです。よろしくお願いします」

 彼女は手を出す。母は手を握る。

「まずはエベダさんについて観察させていただきます。よろしいですか?」

「今日は息子のことを一任したいと思っています」

「ご期待に添えるよう、尽力します」

 オーメンはエベダの部屋に入る。


 エベダがこちらを見る。バッと立ち上がりササっと走り寄りオーメンの両手を掴み、飛び跳ねながらそれを上下に振り、「あああー」と発声した。

「はじめまして。オーメンです。よろしくね」

 エベダは彼女たちの後ろを見る。

「あー」

 やや尻下がりのトーンだった。そしてもう1度「あー」と発声すると、暴れ出した。

 オーメンはすかさず防御魔法を展開する。それは昨日のナザトとは違う。両手と頭を覆う様に、小さく複数だ。さらに、普通の防御魔法とは違い柔らかくした。

「これで一旦は大丈夫かな」


 エベダの逸脱行動が落ち着いた。

「さて、彼が落ち着いたことだし、分析を始めようか」

「分析って、どうするの?」

「まずトリガーと機能分析を始める」

「そんなの分かるの?」

「彼のお母さんは昨日、「知らない人が来たから不安になってる。それで落ち着かせるためにああしてる」って言ってたんだよね?」

「うん」

「2人は昨日見たから混乱しなかった。けど私はそうじゃない。これは言い換えると急な予定変更。昨日2人はアポイントなしでここに来た。だから混乱した」

「でも、今日はもう一人来ることは知っていたはずです」

「そこでもう1つの可能性が考えられる」

「もう1つの可能性?」

「それは母親がいないこと」

「あ」

「さっき彼は握手をした後、私の後ろを見て「あー」と言った。これはお母さんにいて欲しくて声をかけた。でもいなかった。だから構ってほしくて暴れたんだと考えられる」

「つまり急な予定変更とお母さんがいないこと。この2つがトリガー」


「多分ね。じゃあ次に機能分析に移ろう」

「その機能分析って何ですか?」

「暴れたり奇声を上げたりするのが、彼にとってどんな役割を持っているのかを考えることだよ」

「意味なんてあるのか?」

 ナザトが質問する。

「あるよ。1手助けや注目を必要としていることを訴えるため、2しんどい場面や活動から逃げるため、3欲しいものを手に入れるため、4嫌な出来事や活動を拒否するため、5刺激を得るため。この5つに分けられるよ」

「エベダの場合だと2と3か?」

「ストレス解消と注意喚起だから、そう捉えても大丈夫だと思うよ」

「次はどうするの?」

「具体的にどうやって対応するかを考える」

「何か案はあるのか?」

「代替行動の教示、スケジュール表の作成、正の強化の活用の3つかな」

「説明を」

 ナザトは促す。

「暴れる以外の感情の伝え方を教える。変更があったときにすぐに分かるようにする。望ましい行動がとれた時はご褒美をあげる」

「後ろの2つは出来そうだけど、代替行動っていうのは難しそうだね」

 リコは身構える。

「時間はかかるかもしれないけど、きっと大丈夫だよ」

「そうかなー」


「今回やる代替行動について説明するね。名前は感情カード」

「感情カード?」

「1色んな感情を、なるべく簡単な言葉でリストアップする。2その感情を表した絵をかく。3それをケースに入れる。4そして分類して感情を元に言葉やジェスチャーで気持ちを伝える。以上」

「こんなのあるんだ」

「これは普通の大人でも使えるものだから、リコちゃんのも作ってみようか」

「うん」

「じゃあカードを作って、エベダさんに見せよう」

 彼女たちはカードを作った。

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