第93話 体験しないと分からない

「家族愛好計画だが、まずはオレたちがヒュースターの家族を知らないと始まらない」

「父は軍人、母は専業主婦。……あと弟が1人」

「弟さんがいるんだね。何歳なの?」

 リコは弟に食いつく。

「5つ下の13歳」

 弟のことを話す彼の顔は、どこか影があるものだった。それを見たナザトは、そこを起点に探ることにした。

「どんな人?」

「さあ」

「さあって……」

「それより両親の話をしたいんだけど」

「ダメだ。弟も家族だろ?」

「……。あいつは家族だとしても人間じゃねーよ」

「そいつも魔道具を使ったのか?」

「そうじゃない。そうじゃないんだけど」

「種族的な問題か?」

「種族とか関係なしに……。いや、種族が同じになったからこそ、同じ視点に立ったからこそ、認められない」

「詳しく教えてくれ」

「あいつは知能がない。「あー」とか「うー」とかしか喋らないし、突発的に暴れ出すし。飯も糞もまき散らすし。俺を殺した種族とは思えない」

「そりゃ大変だ」

「母はそんな弟に構ってばっかで、俺の世話はなかなか出来なくなっていった」

「お父さんは?」

 リコが質問する。

「父は軍人で殆ど家にはいない」

「じゃあ寂しかった?」

「バカを言うな。俺は魔物。親が弟で手一杯でも、そんな感情は湧かないよ」

「そうなんだ。ちょっとうらやましいな」

「羨ましいもんか。あんな奴といたら疲れちまうよ」

「ちなみに、弟の世話をしたことはあるのか?」

 ナザトが質問する。

「幸い今のところ、母が頑張ってくれてる」

「では一度経験してみては?」

「は? 冗談じゃねー。同じ空間にいるだけでも疲れるのに、世話なんてしてたらこっちが壊れる」

「実際に世話をしてみねーと分からねーことだってあるだろ」

「やらなくても分かる。俺はあいつの世話には向いてない」

 互いに譲らない。ピりついた空気の中、リコがこう言った。

「じゃあ私がやってみる」

「おいおい。マジか」

「私が出来れば、お兄さんにだってできるよね」

「やめとけって。子どもがどうにかできる相手じゃねー」

「それこそやってみないと分からないよ」

「後悔してもしらねーぞ」

「それを含めての"経験"でしょ」


 彼女たちはヒュースターの家に向かった。

「じゃあ、今話した設定で通してくれ」

「分かった」

 ヒュースターは家に入る。

「ただいま母さん」

「あらお帰り」

「ちょっとお客さんがいるんだけど、入れてもいい?」

「いいけど、エベダのことは知ってるの?」

「むしろ、手伝いたいって言ってるんだけど」

「そう。じゃあ入れてあげて」

 ヒュースターは戸を開け2人を招く。

「おじゃまします」

 入ってきたのが女児2人ということで、ヒュースターの母は驚いた。

「随分とお若いのね。どういった経緯で知り合ったのかしら?」

「2人は旅人なんだ。その旅の中で人助けをしてるんだって。俺も助けてもらったんだ」

「息子がお世話になりました。あとでお礼させてください」

「いえ。お構いなく。私たちは困っている人を見過ごせないだけですので」

 

 2人は奥の部屋に通される。そこには少し太った男が座っていた。

「エベダ。お客さん来たよ。挨拶して」

 すると彼はバッと立ち上がり、ササっと走り寄りリコの両手を掴み、飛び跳ねながらそれを上下に振り、「あああー」と発声した。

 リコは何が起きたのか分からなかった。ポカンとすること三秒。リコは我に返り「初めまして」と挨拶した。

 ナザトはヒュースターの肩を組、ヒソヒソと話をする。

「あれ、いつもの事なのか?」

「客が来たときはあんな感じだよ。だから言っただろ。人間じゃないって」

 ナザトはリコの方を見る。

「私はリコ。今日はあなたのお世話をしに来たの。よろしくね」

 リコは意外にもすんなりと順応する。

 エベダはスッと手を離して、部屋の中を徘徊し始めた。

「ヒュースターさん。これは?」

「さあ?」

 そこに母が補足をいれる。

「知らない人が来たから、不安になってるのね。それで落ち着かせるためにああしてるのよ」

「もしかして私達、迷惑でしたか?」

「まさか。私は嬉しいわ。じゃあ私はご飯の材料買ってくるから、その間はお願いしますね」

「はい!」


「ヒュースターさん。普段お母さんは、エベダさんとどう過ごしてるんですか?」

「暴れたら抑える。その合間に家事」

「そういえば暴れるって言ってましたね。どんな時にどんな感じで暴れるんですか?」

「タイミングは知らない。暴れ方は自傷と他害両方だ」

「あー。あー」

 エベダが喋ると部屋に緊張が走る。

「エベダさん。どうかしましたか?」

「ぅあー。あー」

 彼は言葉にならない返事をする。

「あー!」

 そして彼は暴れ出す。壁に向かって走り出す。右に左に、四方に向かって大暴れ。

「抑えないと!」

 リコは暴れるエベダに抱きつく。しかし体格と力の差は歴然で、15の小太りの男を11の小柄な女が止められるわけもなかった。

 それを見たナザトは防御魔法でエベダを囲った。ひとまず動きを止めることは出来た。

 しかし安心するには早かった。エベダは防御魔法を殴る。リコとナザトはその光景に唖然とする。

 そしてボキッと音がした。彼の指が青く腫れる。

「え? 嘘でしょ?」

 2人は恐怖した。それと同時に、自分たちの考えがいかに甘いかを実感した。

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