第91話 母をたずねて

「これは?」

 ナザトは魔道具を拾い上げる。

「魔道具が増えるとはこのことだったみたいですね」

 と、オーメンが。

「何で母さんが魔道具になるんだ?」

「分かりません。けど彼女が何の手がかりもなく死ぬとは思えません。動物たちの死体は他の方たちに任せて、私たちは彼女の部屋を見てみましょう」

 オーメンはそう言うとアマナスのネックレスをチラリと横目で見た。

 

 ナザトたちがインゴクニートの部屋に入ると、机には手紙があった。

 「ナザトへ。私の死体が融けて驚いていると思う。何を隠そう私は動物ではなく魔物なのだ。魔物は死ぬと、稀に魔道具になるのだ。そいつが強ければ強い程、魔道具になる可能性が上がる。そして私は間違いなく魔道具化する。なぜなら私は魔王が作り出した魔物だからだ」

 ナザトたちは驚く。

「ペットという扱いだが、出生が出生。四天王クラスの強さは持っていた。まあ、かつての英雄たちに敗れてからはこの山に逃げてきたわけだが。ともかく、私の死体は残らない。魔道具をオーメンに渡すかはお前が判断してくれ。それとお前の母と姉妹だが、僅かな残骸はアコの墓の反対に埋めてある。旅立つ前に供養しておけ」


 手紙を読み終えたオーサーたちは、昼食を食べながらインゴクニートについて話し合う。

「あいつが魔物だったとはな。ナザトは気が付かなかったのか?」

 オーサーが食べながらそう言う。

「15年一緒にいたけど魔物とは気が付かなかった。てか魔物はこの山にはいなかったから、分かるはずも無いんだ」

「そういえばあの兎に会うまでは、魔物とは出会わなかったな」

「イゴニ母さんの強さに慄いておののいてたんだろうな。流石母さんだ」


 オーメンは魔道具について語りたがる。

「それも驚きだけど、魔道具だよ。かつての英雄たちが、冒険の最中で作ったとされてきた。そうすることで受け入れてもらいやすくしたんだ。英雄たちが作ったなら安心だって」

 そういう彼女はどこか悲しそうだった。

「だが実際は魔物由来だった」

「多分それを知っている人はいたんだろうね」

「なぜそう思うんだ?」

「モナクさんの故郷では魔道具は不吉なものだった。仏教でも不浄とされてる。あと個人的にマモさんの父親がクロを拾ったとき、怪我をしてたのが気になってた」

「魔物と戦ってたからか」

「それも魔道具になるくらいのね」

「詳しいことは知らねーけど、母さんが悪く言われてるみたいで腹が立つな」

 ナザトは犬が威嚇するような表情をする。

「世間一般じゃそんなもんだぜ。魔物なんて」

「フザケた世間だ」

「けど君はその巫山戯た世間に迎合しないといけませんよ」

 オーメンはそう指摘する。

「は? 何で?」

「人と共に生きる。それがイゴニさんの願いです。それはつまり、世間と自分とで折り合いをつけるということです」

「そうなのか」

 ナザトは俯く。

「私たちは明日出かけます。ついてきたいならそれまでに決めてください」


 夜。ナザトは墓前で考えていた。

 ラエバ、エサエウォ、オファー、ゴードン、ニアテヌマタコ、イェクノモ、プタホグアシ、レジレダ、ダエド、イゴニ母さん、アコ母さん、名も知らぬ母さん、姉か妹かも分からない姉妹。皆死んだ。皆秘密にしてた。でもオレは皆が好きだ。

 あの日々は、仲の良さは幻だったのかもしれない。それでも好きだ。

 皆は純正な人間じゃなかった。世間一般では受け入れられないのかもしれない。でも好きだ。

 外に出ても人間と仲良くできるなんて思えないよ。でもイゴニ母さんは人間と共に生きて欲しいって言ってた。

「キツイなー」

 母さんたちは皆オレのこと考えてくれてた。でも死んだ。

 きっと世間は皆を不吉とかいって嫌うんだろうな。そんな奴らと生きるなんて考えたくもねー。だけどそれが母さんたちの願い。オレを愛した人たちの願い。オレのせいで死んだ人たちの願い。

 ……分かったよ。オレはその願いのために生きる。


 朝。

「おはようございますナザトさん」

「おはよう」

「私たちは朝食を頂いたら出ていきます。もう決めましたか?」

「ああ。オレはお前らについていく。そして生みの母さんがどんな人だったのかを知りたい」

「分かりました。これからよろしくお願いします」

「よろしく」

 2人は握手をした。


 朝食後。オーメンたちは草食動物たちと分かれの挨拶をしていた。

「こんなにお肉を貰ってもよかったのですか?」

「私達はベジタリアンですので」

「では遠慮なくいただきます」

 オーメンはナザトにアイコンタクトを送る。

「皆を置いてけぼりにしてごめん」

「いいんだ。それがイゴニの願いなんだから。それより、辛くなったらいつでもここに戻ってきていいからな」

「ありがとう。でも母さんのことを知るまでは頑張るよ」

「うぅ。寂しいよぉ」

 兎のイーガスが泣き始める。それを皮切りに他の動物たちも泣き始める。

「今生の別れでもないんだ。偶には顔をみせるから。約束する」

 ナザトは小指を立てる。皆小指を出して、先を合わせる。


「じゃあなー」

 ナザトは大きく手を振る。半獣たちも手を振る。

 彼女の、母をたずねる旅が始まった。心強い仲間と共に。

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