第90話 未来の自分
「そう。15年前お前はナザトの親を食ったんだ。ついでにナザトのことも食おうとしたんだろ? きっとアコとやらも同じだ。その折にそいつが魔道具を使ってしまい、お前とアコは人間になった。そのせいで倫理が発生した。親を食い殺してしまったこと、放置すれば死んでしまう赤子。この2つがお前とアコを動かした」
「なぜそう言えるんだ」
ナザトは怒りが混じった困惑顔で聞く。
「4つある。第1に肉食獣が人間になったとき、「何てことしてくれたんだ」と言った。倫理が発生して、動物を殺して食うことに後悔や葛藤が生じたからだ。第2にアコが死んだとき他の肉食獣は逃げたと評した。また、ナザトに殺されたのなら本望とも考えた。これはナザトに対して後ろめたいことがあったからだ。第3にアコはナザトに1人にして済まないと言った。他にも肉食獣はいたのにこれは可笑しい。第4にアコとイゴニだけが、お前に殺されたがっていた。最初に半人間化したのはアコとイゴニの2人。そしてこの2人が人間化したとき立ち会っていたのはお前しかいなかった」
「大した推理力だな。ほぼ合ってる」
イゴニはナザトに膝枕された状態で賞賛する。
「……」
ナザトは驚きを隠せない。目と口を開けて茫然とする。
「私とアコは本来、この子と一緒にいるべきではないんだ。私は母を、アコは姉妹を食い殺したのだ」
「赤子が2人。そうか。畜生腹というやつか」
オーサーは何かを察したようだった。
「何だそれは?」
ナザトが質問する。
「人は多くの場合、一度の妊娠、出産で1人の子を産む。しかし動物は違う。双子以上の場合、それと同じだからという理由で不吉とする考えがあるんだ。近年ではこの考えは無くなりつつあったんだがな」
「だからオレは捨てられたのか?」
「違う!」
イゴニはムクっと起き上がり強く否定する。
「お前の母はお前を愛していた。あの者はその風習のある村から逃げてきたのだ。でなければ私を見た瞬間逃げるはずだ。しかし彼女は違った。勇敢にも立ち向かった。子を守り、格上に挑む姿は母親と呼ばずになんと呼ぼうか」
「そうか。オレは愛されていたのか」
ナザトは空を仰ぐ。
「それで。真相を知った後だが、親殺しはどうするんだ?」
「こんなことを言われても、いきなりイゴニ母さんを怨むことは出来ない」
「そうか。殺してはくれないのか」
「でも責任は取ってもらう」
「何でも言え」
「これからもオレと一緒にいてくれ」
「!」
「その罪悪感とともに生きてくれ」
「そりゃ、一番の罰だ」
全てが丸く収まった。そう思った時だった。
「何お前だけ救われてんだよ」
周りにいた元肉食獣の1人が恨み節を言う。
「ラエバ?」
「俺たちはお前のことは聞いていた。責任をとって殺されると言っていたから、俺たちはナザトを殺さなかった。だが何だ。呑気に和解なんてしやがって。俺たちを巻き込んだ責任を取れよ!」
その他7人の肉食獣が同調する。
「どういうこと?」
「さっきオーサーが言ってただろ。俺たちは人間になったから、今まで命を奪ったことを引きずってた。その責任はそいつの死によって取る手はずだったんだ」
「そんな……」
「ナザトが殺さないなら俺たちが殺す。丁度弱ってるしな」
「やめてよ皆!」
「あいつらの言う通りだ。私はお前以外にも約束をしていた。だからこれは当然の流れなんだ」
「ならせめてオレも戦わせてよ」
「駄目だ。これは私が1人で向き合うべき罪なんだ」
「もういいか?」
「ああ。来い」
イゴニは肉食獣の群れを倒した。しかし彼女も満身創痍だ。
「イゴニ!」
ナザトは彼女に駆け寄る。
「はぁ、私も衰えたな。人になる前であれば余裕で倒せたんだが」
「喋らないで。傷が開く」
ナザトは魔法で治療を試みる。
「もういいんだ。自分のことは自分が一番よくわかる」
「そんなこと言わないでよ」
涙声になりながら懇願する。
「お前はもうここに留まる必要はない。これからは純正な人間と関わりなさい。草食動物たちならもうお前なしでも過ごせて行ける」
「だったら一緒にいてよ。オレ人間との関わり方なんて知らないよ」
「大丈夫だ。あの人たちがいる」
彼女はアマナスたちを指さす。
「……分かった」
「私は人になったこと恨んじゃいない。むしろ自分の罪と向き合わせてくれて、精算する機会を貰えて嬉しいんだ。だからありがとう。これからの人生で善き縁があるよう祈ってる」
イゴニは安らかな顔をして息を引き取った。すると彼女は元の獣の姿、オウギワシの魔物に戻った。
次の瞬間、死体は融けた。そしてその液体の中から
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