第89話 平和が崩れる
その日からインゴクニートの嫌がらせが始まった。
「母さん。オレの朝食は?」
「自分で作れば?」
「え?」
「皆ちゃっちゃと食べちゃって」
「母さん。迷彩服と弓知らない?」
「さあ、槍でも使えば?」
「槍なんて持ってないよ」
「あっそ」
「……まさか、捨てたの?」
「親を疑うとは、なんて無礼な! 誰が育てたと思ってんの!」
「それは母さんだけど」
「じゃあ、文句言わずに狩りに行きなさい」
「分かったよ」
「今日は子ウサギ獲ってきたよ」
「そんな小さいので皆の腹が満たせると思ってるの?」
「いや、でも今までの貯蓄があるから」
「それに頼り切って食事が無くなったらどうするの?」
「それは……」
「まったく。私は大人の鹿を獲ってきたのに」
「でも狩りは運が絡むって母さんが言ったんじゃん」
「だまらっしゃい。全く、アコが山での生活に不要なものばかり教えていたから、碌に狩りも出来ない駄目娘に育っちまった」
それを聞いたナザトはキレた。
「イゴニ母さん。それは駄目だよ。それだけは許せない。何かあって今日は機嫌が悪いのかと思って我慢したけど、アコ母さんの悪口は我慢できない」
「お、やるか? 飛行禁止で戦ってやってもいいぞ」
少しニヤついた、それでいて苦しみを湛えた瞳をして煽る。
「墓前で謝れ」
ナザトは身体強化をしてイゴニに突っ込む。イゴニはするりと身を躱す。両手を使い右に左にとイゴニの顔めがけて殴りかかる。しかしイゴニは余裕で避ける。彼女は鳥だ。飛ばずとも身軽に動ける。ナザトの攻撃をイゴニは無表情で避ける。
「
地面から木を生やしイゴニの右足を掴む。動きを止めたところに目掛けて拳を振るう。
しかしイゴニは左足を踏み抜き、爪で木を千切る。そのまま左足で踏み込んで、右足で蹴り上げる。
ナザトは蹴りを顎に貰い、後ろに大きくのけぞる。
イゴニは思わず心配して手を伸ばしかける。
何を考えているんだ私は。優しさを見せて悟られては本懐は遂げられない。もっとだ。もっと追い込め。命の危機を感じて、殺さないとと思わせないと。
「火炎球」
手を扇状に振る。その軌道に火の球を5つ作る。そして放つ。
ナザトはそれを防御魔法で防ぐ。ナザトは彼女が放った魔法が、完全に自分を殺しに来ていると分かり、少し困惑した。そして瞬時に気持ちを切り替えねばと考える。
「あああ!
嘆きと共に魔法を放つ。
立てた人差し指から雷を360度に放ち、その外周を火柱で囲う。土煙が立ち込める。
土煙が晴れる。イゴニは平然としている。
「殺す気でやりなさい」
「嫌だよ。なんで二度も親を殺さないといけないんだよ」
「それがお前の運命だからだ」
イゴニがぐっと距離を詰め、インファイトを仕掛ける。
「アコ母さんが死んだときもイゴニ母さんは冷静だった。そんなにアコ母さんが嫌いなの?」
「そうさ、私はあいつが嫌いさ。死んだときは清々したよ」
「この人でなしがぁ」
テレフォンパンチ。怒りで短絡的な攻撃をしてしまった。
イゴニは当然それを避け、カウンターを顔にぶち込む。
一瞬意識が白む。
分かってた。イゴニ母さんはこの中で一番強い。だからこそ今まで半獣をまとめられたんだ。私が勝てるとは思えない。でも、アコ母さんを侮辱したことは謝ってもらう。
覚悟を決めてカッと目を見開く。
「
土で2人を覆う。そして。
「雷火」
逃げ場のない状態の範囲攻撃で、自らを巻き込み攻撃を仕掛ける。
雷火が終わると、土の籠は衝撃で壊れる。
「何で……、ッ何やってんだよ!」
ナザトはイゴニの防御魔法で守られた。
「殺す気でやれと言ったんだがな」
少し焦げたイゴニが膝を着く。ナザトはイゴニの頭を膝に乗せる。
「殺す気もないし、死ぬ気もねーよ」
「それは残念だ」
「ねえ、何でそんなにオレに殺させたいの?」
「本当のことを言ったら殺してくれるのか?」
「殺さねーよ」
「なら言わねー」
「じゃあ俺が言おうか?」
オーサーが口を挟む。
「教えてくれ」
「やめろ」
「今から話すのは推測だ。合ってても否定すればいいだろう?」
「それはそうだが」
「15年前、ナザトを捨てたのを見ていたと言ったな。ただ見ていただけか?」
イゴニは黙る。
「15年前、イゴニはナザトの親を食った。そうだろ」
歪な平和が音を立てて崩れていく。
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