第88話 子どもと大人の倫理

「家族の証拠を残したくて埋めたと」

「まあそんなとこだな」

 インゴクニートが答える。

「そうですか」

 オーメンは淡泊な反応をする。

「だから申し訳ないが魔道具は渡せない」

「分かりました。では引き返します」

 オーメンが席を立つ。

「待たれい」

 イゴニはオーメンを引き留めた。

「埋めた魔道具は渡せんが、別の魔道具なら渡せると思うぞ」

「魔道具の反応は1つだけでしたが?」

「増える可能性があるんだよ」

「詳しく」

 彼女は席に座る。


「で、何で農作業を手伝うことになってんだ?」

 オーサーは不平を漏らす。

「魔道具の情報は今晩話すってことだからね。それまでお邪魔するわけにもいかないでしょ」

 農作業をする4人を半獣たちが遠巻きに見つめる。

「オーメンさん。あの、人?たちは何でこちらを見てるんでしょうか?」

「インゴクニートさんの話だと、彼らはナザトさん以外の人と関わってないから、珍しいんでしょ」

「お話したいなー」

「リコちゃんならすんなり受け入れてもらえそうだよね」

「そう?」

「きっとね。これが終わったら話しかけてみようか」

「うん」


 農作業が終わり家に上がる。そうするや否や、リコは最初に会った兎に話しかける。

「ねぇウサギさん。どうしてあんなところにいたの?」

「!」

 兎は驚き家具に隠れる。そして顔を半分出して、こちらをじっと窺う。

「魔物の侵入したとイゴニが言った」

「どうしてあなた1人だったの?」

「逃げ足なら私が一番早い。だから見に行ったの」

「魔物なんて見かけなかったよ」

「実際にいたのは貴方達だった。私も驚いた」

「もし魔物だったらどうしたの?」

「何も変わらない。皆で囲んで倒すつもりだった」

 それに対してオーサーがツッコむ。

「アマナスの魔法一発で瓦解するような作戦で魔物を倒せるとは思えねーけどな」

「魔物の反応的に勝てる戦いではないと判断してた。ナザトを逃がせればそれでよかった」

「大した作戦だこと」

 一連の会話を聞いて、オーメンは何かを察したようだった。


 そんなこんなで夜を迎えた。

「さて、インゴクニートさん。魔道具が増えるとはどういうことですかな」

「ナザトに私を殺させてほしい。」

「⁉」

「あの子は今までずっと、純粋な人間とは交わらずに育った。今日ここに君たちが来たのは運命だ。あの子をここから連れ出した欲しい」

「待ってください。それと貴女を殺させることと、何の関係が?」

 アマナスは反対の意志を込める。

「あの子にとっては私は唯一生き残った親だ。私が生き残っていては、あの子は旅立ちたいとは思わないだろう」

「生き残って、帰る場所となる選択もあるでしょう?」

「それでは駄目なんだ」

「ナザトの気持ちはどうなるんですか?」

「申し訳ないが、こればっかりは私の願いなんだ」

「何……で」

「それは言えない」

 沈黙が流れる。

「分かりました。ならば彼女に憎まれるようなことをしてみましょう」

「オーメンさん⁉」

「何となく事情は察せた。魔道具が手に入り、誰かの役に立つ。これ以上のことはないよね」

「でも……。オーサーさんとリコちゃんはどうなんですか⁉」

「俺は別に構わん」

「私は殺させたくない」

「ほら、リコちゃんも反対してるじゃないですか」

「ねぇイゴニさん。本当にナザトさんに殺されなきゃいけないの?」

 リコが問う。

「私が人になった以上は、こうしなくちゃいけないんだ。お嬢ちゃん」

「そんなの悲しすぎるよ」

「運命とは時に残酷なものだ。だがそれが不幸とは限らないんだ。応援してくれないか」

 リコは口を閉じ俯く。それに対しオーメンが説得を試みる。

「子どもの二人には飲み込めないかもしれないけど、大人でも背負いきれないことはあるんだよ」

「背負いきれないことって?」

「命を頂くこと」

「子どもでもお肉は食べるよ?」

「肉食獣としての食事と、人間としての食事とは違う。彼女は人間になったことで、肉食獣としての罪を背負わないといけなくなった。解放してあげよう」

「それでもやっぱり嫌だよ」

 リコは泣いた。オーメンは抱きしめ、頭をなでる。

「イゴニさん。貴女をナザトさんに殺させることに、これ以上助言はできない。ただ、見届ける。彼女に聞かれても何も答えない。これでいいかな?」

「構わない。ありがとう」

 子どもらの反応によって、オーメンとオーサーが親殺しに協力することはなくなった。それでも子どもと大人に明確な壁があることが明らかになってしまった。

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