第87話 親殺し

 それからさらに9年が経った。そのころにはナザトも山での生活に慣れ、魔道具によって半分人間化した動物たち家族も20を超えていた。

 その日もナザトは狩りをしていた。迷彩服を着、化粧をし、矢を持ちじっと待ち構える。

 待つこと20分。一匹の鹿がやってきた。矢を番え構える。そして放つ。矢が脳天に刺さる。しかしまだ生きている。二発目を構える。撃つ。だが二発目は鹿には当たらなかった。アコンプリスの胸に当たった。

「アコー!」

「ナザト、これは私がやったことだ。だから気にするな」

「いや気にするよ! てかそれより手当しないと!」

 家に運ぶため彼女を背負う。

「いいんだ。私はこのまま死ぬ。死なせてくれ」

「嫌だよ。絶対治す」

 歩く度、胸から血がポタポタと零れ落ちる。家まではまだ10分は歩かないといけない。その間も揺らされ血は落ちる。

 溢れ出る血がナザトの足に付着する。その温もりとは反対に、背中に伝わる温度は徐々に冷たくなっていく。

「はぁ、はぁ」

 アコンプリスを刺してしまったことによる動揺、後悔、不安。諸々のストレスと肉体的な疲労によって呼吸が乱れる。


 家にたどり着いた。血の匂いを嗅ぎつけた家族が駆け寄る。

「何があった⁉」

「狩りをしてたらアコが飛び出してきて」

「何?」

「インゴクニートを、はぁ、呼んでくれ」

 息も絶え絶えになりながら、アコはインゴクニートを呼ぶ。

「喋らないで」

 半動物が制止する。

「頼む」

 最後の頼みと言わんばかりの視線に気圧される。

「分かった」

 半動物が呼びに行く。

「アコ、ごめん。私が周囲に気を配っていれば」

「謝るな。お前の集中力は武器だ。私がそれを利用しただけだ」

「でも」

 インゴクニートがやって来る。

「アコ」

 彼女は何かを悟ったような、落ち着いた表情をしていた。

「インゴクニート。すまん。先に逝く。お前を1人にして済まない」

「元の種族が違うんだ。こうなることは分かってた」

「そうか。お前は私より綺麗な最期を迎えてくれ」

 アコは息を引き取った。


「イゴニ母さん。オレ、どうすればいいんだ? アコ母さんを殺しちゃった」

 顔には汗をかき、鬼気迫る表情で問う。

「弔おう。人間には死者を埋葬する文化があると聞いた」

「分かった」

 ナザトはまだ混乱しているようだったが、弔うという指針を貰ったことで少し落ち着く。

 半獣たちがナザトに声を掛ける。

「お姉ちゃん。これは悲しい事故だよ。だから気に病まないで」

「そうだよ。アコの奴。狩場に飛び出すなんて、何考えてんだ」

 草食動物たちはナザトのフォローに回る。

 一方肉食動物たちはというと。

「あいつの生を終わらせたのがお前なら、あいつも本望だろう」

「逃げたか。まあ無理もない」

 とアコのフォローに回った。

 この反応の違いが、彼らの関係の溝を深めることになった。


 埋葬するために遺体を動かそうとしたとき。アコの体が半獣から、元の狼の姿に戻った。

「⁉」

「そうか。死ぬと魔道具の効果は切れるのか。儚いな」

 イゴニは冷静に分析する。

「ねえ。イゴニは何でそんなに冷静なの?」

「未来の自分を見ているようでな。悲しみもあるがそれ以上に、覚悟を決めねばという思いが強い」

「どういうこと?」

「まだ知らなくていいことだ。それよりアコを埋めるぞ」

 アコを土に埋めているときだった。

「オレ、この魔道具埋めるよ」

「なぜ?」

「もう人にはなれないかもしれないけど家族だ。証拠を残したい」

「そうか」

 ナザトは墓穴に魔道具を入れた。

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