第86話 子どもと大人
15年前、ナザトは親に捨てられた。何の因果か魔道具と一緒だった。
私は偶然それを見ていた。どうしたもんかと考えていたらナザトが泣いた。声が魔道具に拾われ、私はその声を聞いた。そんとき私の喉に違和感があった。そう、人語を話すようになったんだ。
そんでこいつをどうにかしようとしたんだが、私は鳥で母乳は出ない。偶々、私と同じように声を聞いて人語を解するようになった狼がいたから、そいつに母乳は任せた。
一先ず家を作ろうと思った。木々をなぎ倒し、加工し、組み立てた。不格好ではあるが何とか作れた。
それからナザトの世話は私と狼のアコンプリスで行った。
5年が経った。そのころには私達は、動物の見た目から半分くらいは人間のものになった。
ナザトの教育について。社会性はアコンプリスが、山の生き方は私が教えることにした。
「私と鬼ごっこをしよう。まずは実力を知りたいから自由に逃げてよ」
「うん」
「1分待つね」
ナザトは走っていった。
1分後。
「さーて」
私は
「見つけた」
80キロのスピードで急降下して接近する。
「うわ、来た」
ナザトは踵を返し逃げようとしたが、私は木々を縫いナザトの前に立ちはだかる。
「はい捕まえた」
「空はずるいよ」
「ここらにも人を襲う鳥はいるんだから、ずるくても対応できるようにならないとダメだよ」
「むー」
ナザトは頬を膨らませる。
「まず草木に隠れるなら、それに適した格好をしないと」
「どうすればいいの?」
「草木をいくつか引き抜いて体に巻くとか、黒ベースに緑の布を着るとか、化粧をするとかだな」
「化粧?」
「本来は着飾るために肌に塗る液体とかだな」
「そんなのないじゃん」
「植物からでも作れるぞ」
「ホントに?」
「1白い粘土や泥を集め、不純物を取り除いてきれいにする。2植物の油を抽出する。3粘土や泥と植物油を混ぜ合わせ、なめらかなペースト状にする。4色をつける場合は、果実や葉から色素を抽出し、ペーストに混ぜる。5植物の繊維を細かく刻んで混ぜ、テクスチャーを調整する。6太陽の下で乾燥させて固める。こんな感じだな」
「どの道今回は出来なかったじゃん」
「そうだな。今回は化粧の大事さを身をもって知って欲しかったのもある」
「なら化粧が出来たらまたやってよ」
「おう」
家に帰るとアコンプリスが料理をして出迎える。
「お帰り。もう少しで出来上がるから手洗いとうがいしておいで」
「はーい」
献立は、裏の畑で取れた野菜のサラダと、昨日獲った狸肉の燻製。
ハーブと脂の匂いがナザトとインゴクニートの鼻に抜ける。
「いい匂い」
「朝食後からずっと煮込んでるからね。香も立つさ」
そして昼食が出来上がる。
いただきますと言って食べ始める。
「んー。美味しい」
ナザトは幸せそうな顔をする。
「そうだな。私のも食べるか?」
アコンプリスが差し出す。
「いいの?」
「美味しそうに食べてくれるから」
「ありがとう」
そんな感じで3人は平和に暮らしていた。
ある日の事である。
「ねえ、アコ母さん。オレもう少し家族が欲しい」
「どうしてだい?」
「今のままでも幸せだけど、2人がコソコソ話してるときは寂しいんだもん」
「知ってたのか!」
「大人じゃないと分からない話でもしてるのかと思って」
「そうか。まあ確かに私達じゃないと分からない話をしてたが」
「だから私にも家族が欲しいの」
「分かった。でも人間の家族は出来ない」
「それでもいいよ」
「……。イゴニとも話し合ってから決める。少し待っていてくれ」
「うん」
翌日。
「ナザト。アコと話し合って決めた。家族を増やすことにした」
「ホントに⁉」
「ああ。これから増やし方を説明する。まずこれを渡そう」
私は魔道具を渡す。
「家に飾ってあるやつじゃん」
「これは魔道具。お前がこれに声を当てると、その声を聞いた者は徐々に人間なっていくんだ」
「じゃあ2人もそうなの?」
「そうだ」
「でもオレは使った記憶なんてないぞ」
「まだ赤ん坊だったからな」
「嘘でしょ」
「誰が母乳を与えたと?」
アコが返す。
「ああ」
「とにかく、これを使って家族を増やすわけだが、私とアコが使っても鳥と狼になるだけだ。お前が使いなさい」
「分かった」
3人は山に潜る。
「生態系への影響を考えて肉食動物と草食動物を半々にする。警戒心が強い草食動物から探そう」
アコが方針を話す。
「おう」
周囲を見渡しながら歩くこと5分。リスが一匹木の上にいるのを見つけた。
「イゴニ母さんあれ」
「あの大きさなら丁度巣立ちの時期を迎えているだろう。音量を大きめにして魔道具を使え」
ナザトは音量を大きめにし、たっぷり息を吸った。
「わっ!」
リスの耳に声が届く。
リスがこちらを見つめる。
「お前、喉に違和感があるだろ。こっちにこい。事情を説明する」
イゴニが手招く。リスがやって来る。大人2人が事情を説明する。
「なら、身の安全は保障されているということですか?」
「そうなるな」
「ならば良しです。これからよろしくお願いします」
3人は引き続き鹿、兎、山羊を見つけ魔道具を使う。
「次は肉食動物だが、私達を含めて1対1にしたい。つまり2人増やしたら終わりな」
イゴニは制限を設ける。
「はーい」
と返事をしたときだった。ナザトの後ろ、木の陰から熊がヌッと現れる。
「ナザト、使え」
「え?」
熊がグオーと吠え、前足を振りかぶる。
「氷撃」
インゴクニートは氷魔法を使って熊を凍らせる。
「表面だけ凍らせた。今のうちに距離をとるぞ」
その場の全員が距離を獲る。
「カウントダウンしたら解凍する。そしたらすかさず魔道具を使え」
「うん」
「3、2、1。今だ」
「あー」
魔道具によって熊の動きが止まる。
「ようこそこちら側の世界へ」
インゴクニートは少し悲しそうな顔をしてそう言った。アコンプリスは俯いたまま黙っていた。
「何てことをしてくれたんだ。お前たち」
熊は怒りと悲しみが混じった表情と声をする。
「話はあとでする。今は私たちについてきてくれ」
その後イタチを見つけ家族に加える。
「ここが我が家だよ。皆お帰り」
草食動物たちは嬉しそうだった。しかし対照的に肉食動物たちは浮かない顔をしている。
「ナザト。私たちは2人と話があるから、先に4人を案内しといて」
「はーい」
ナザトは草食動物4人を連れて部屋を出る。
「さて、ここからは大人の時間だよ。お2人とも」
インゴクニートは陰のある表情をする。
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