第82話 指切り

 翌朝。再びアニマの職場に向かおうとした時だった。店員に声を掛けられた。

「お客様にお手紙です」

 誰からだと思いながら受け取る。封筒の下にはオーメンと書かれていた。

 口出しはしないで欲しいんだが、と考えながらも中身を確認する。

「どうやらアニマさんを知ろうとしてるみたいだね」

 あいつ覗き見してやがったのか。趣味悪。

「人間性がでるシーンをいくつか挙げてみたから、参考にしてみてよ」

 あいつはそういうの知ってそうだもんな。なんで知ってんだか。

「シーン一覧。1人でいるとき、親への態度、自分が優位になったとき、お金の使い道、何に対して怒るのか、何を恥と感じるか、罪悪感を覚えるのか。ここら辺を見れば何となくその人の人間性が出るよ」

 ……。まあ参考にはするけどよ。

 あくまで決定権はこっちに残してあるのが逆にムカつく。

 昨日仕事の話したから、その延長として金の話はしやすいな。それと好きなものと嫌いなものは聞いたほうがいいだろう。

 さて、行くか


「いらっしゃいませ」

「開店早々悪ぃけどよ。第2回戦だ」

「他のお客様の迷惑にならないよう、お願いいたします」

「昨日は仕事の話しただろ?」

「そうですね」

「そこで稼いだ金って何に使ってんの?」

「生活費を除けば、美容が中心ですね」

「まあそれもそうか。男が女らしくあろうとすれば金もかかるよな」

「女性の体になったからといって、必要が無くなるわけではありませんよ」

「服、化粧、洗髪、スキンケア、運動器具、栄養バランスのとれた食事。こんな感じか?」

「なんで知ってるんですか」

 アニマは怪訝な顔をする。

「旅の途中、仲間がそういうのを指導するのを見てたからな」

「どんな旅ですか」

 少し呆れたような顔をする。

「仕事終わりにでも話してやろうか?」

「……じゃあお願いします」

「おう」

 胸を張り、ウィンクをして答える。

「じゃあ今日は一旦戻るわ」

 オーサーは店を出る。


 夕方。アニマの仕事が終わり、2人は例によってあの喫茶店で待ち合わせた。

「お待たせしました」

「ううん。さっき来たとこ」

「店長。いつもの」

「あいよ」

「それで旅の話をする前に、俺の金の使い道を話しとく」

「別にそれは気になりませんが」

「公平性を保つためだ。聞いてくれ」

「仕方ありませんね」

「俺の場合は本に金を使う」

「でしょうね」

「本といっても小説だけじゃねーぞ。ノンフィクションものはネタになるし、歴史書や地理の本は世界観を作るに当たっては必須級」

 いつものが出来上がる。

「1つ作るにも、沢山インプットしないといけないんですね」

 アニマは紅茶を啜る。

「自己表現のためならこれくらい痛くはねーぜ」

「お金の話はもういいですか?」

「ああ。旅の話だな」


 オーサーは自分が3人と出会ってからのことを話した。それは勿論、自分が魔道具で師匠に迷惑をかけたことも、妹が好きなことも、旅を奨められたことも含めてのことだ。

 話を終えてから気がついた。図らずも自己開示してしまったことを。

「シスコンですか。これまた業の深い」

「そうだ。おれはこの業を背負っている。でも性反転してから真面目に向き合った。肯定を求めるなら、まず誰かを肯定してやらねーといけねー。けど俺は誰かを肯定したことなんて無かった。それは無関心からくるものだ。だから今回は、俺はお前を肯定することにした。そうすればお前は孤独に別れを告げられるし、俺は男に戻れる。そんな打算からだけど、俺はお前を肯定してこの業を断つ」

「そんな打算ありきじゃ業は断てませんよ。けどまぁ、どこまでやれるかは見届けてあげますよ」

「きっとやりきってみせるさ」


「もうすぐ夕飯の時間です」

「長くなってすまん」

「いえ」

 2人は会計を済ます。

「どうせ明日も来るんでしょ? 折角だから、服選ばせてくださいよ」

「あんま高いのはなしだぜ」

「任せてください」

 2人は指切りをして分かれた。交わした指の仄かな温もりは、互いにとって初めてのものだった。

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