第81話 仕事論

「もう1つの話って?」

「俺が戻るには、アニマと会う必要がある。別行動させてもらっても?」

「魔道具の回収が出来ればそれでもいいよ」

「確約はしかねる」

「きっと回収してくれる。だってそうしないと秘密にたどり着けないから」

「ラスボスがっ」


 俺の異性性は母性だ。俺を包み込み、肯定してくれる存在。でも肯定してもらうには、まず相手を肯定するところから始めねーといけねー。

 俺は今まで相手を否定することはしなかったが、肯定することもしてこなかった。だからこそ、誰にも肯定されてこなかったやつを、俺は肯定してやらねーと俺は前に進めない。

 喫茶店のドアが開く。


 客は一瞬驚いた後、薄っすらと眉を寄せる。

「なんでいるのよ?」

「引き上げるって言ったのは嘘だったってことさ」

「そうまでして魔道具が欲しいの?」

「ちょいと目的ができてな。その為にお前から魔道具を回収しなきゃならなくなった」

「あなたの為に希望を捨てろと?」

「そうだ。俺のために失意のどん底に落ちてもらう。だが安心しろ。ケアはしてやる」

「店長、いつもの」

「あいよ」

 

「ネットがあるからって、飛び降りるほど子どもじゃないのよ」

「そうだ。お前は大人にならざるを得なかった。だから俺は、お前が子どもみたいに誰かに寄りかかれるようにしてやる」

「そんなに魔道具が欲しいの?」

「それもあるが、俺が男に戻るには、こうするのが1番だと思ったからだ」

 紅茶とウエハースが出てくる。

「ふーん。で、どうするの?」

「手始めにここは俺が奢る」

「地味ね」

「千里の道も一歩からさ」


 2人は飲食を終えた。店を出る時、アニマがこう尋ねた。

「そういえばまだ名前を聞いていませんでしたね」

「俺はオーサー。作家だ」

「私はアニマ。服屋で働いています。改めて、よろしくお願いします」

「よろしく」


 オーサーは3人とは別の宿をとった。

 しばらく1人だな。

「さぁて、どうしたもんか」

 人との距離を詰めるには自己開示が大事だ。だがいきなりやっては意味がない。だから徐々に互いに知り合っていく必要がある。

「質問と傾聴と共同作業だな」

 明日はあいつの職場に行ってみるか。


 翌日。

「よう」

「いらっしゃいませ。どのようなご要件で?」

「お前が普段どんなふうに働いてるのか知りたくてな」

「さようですか。他のお客様の迷惑にならないようにしてくださいね」

 オーサーの観察が始まった。村はまだ混乱の最中だったが、事が事。反転した性別の服など持っていない人ばかりだ。それなりに慌ただしくしていた。

「こちらのズボンはユニセックスなので着やすいかと」

「ブラは着けないと垂れますよ」

「試着室はあちらです」


 そして昼になり、一時人が捌ける。

 アニマは服を整えていた。

「結構しっかりしてんのな」

「自分らしくいられる場所ですもの。頑張るのは当然ですわ」

「ちげーねー。俺も自分の作品に対しては真摯だぜ」

「そうですか。では私はお昼をいただくので」

「なら一緒に食わね?」

「……分かりました」


「結局この喫茶店かよ」

「すみません店長。私、お弁当があるんですけど」

 店長は事情を察し、苦笑気味に許す。

「カツサンドと珈琲、シフォンケーキを頼む」

「あいよ」

 オーサーはアニマの方を向く。

「さっきの続きだ。仕事論でも話そうや」

「休憩時間中に、ですか」

「そう言うなよ。まずは俺な。俺にとって仕事は自己表現だ。自分の中の欲望を昇華するために本を書いてる。お前は?」

 カツサンドと珈琲が出てくる。

「私もある種の自己表現は入ってますけど、奉仕も入ってます」

「奉仕?」

「そうです。自分の着たい服を着るだけじゃ、他人に受け入れてもらえません。それじゃいつまで経っても独りです」

「奉仕することで、つまり役に立つことで受け入れてもらおうってことか」

「互いが互いの役に立つ。そうやって人の社会はできているのでは?」

「そうだな。勉強になったよ。ありがとう」

「逆に今までその意識が無かったんですか?」

「意識せずとも、同士には奉仕してたと思うぜ」

「少くてもちゃんと需要に応える。なるほど、見くびったことは謝らないといけませんね」

「いいのいいの。俺の意識が低いのは事実だから」

「職場に戻りますね。午後の準備がありますので」

「おう。頑張れよ」

 オーサーは笑顔で彼女を見送った。

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