第74話 40年の重み
「暗いな」
ビレチーは竜宮城を攻略し、ついに地下室にたどり着いた。
残った部屋はここだけ。これで何も無かったら、もうお手上げだな。
階段を降り切ったその先にあったのは、壁から生えた触手だった。
何だこれは。あれがこの城の正体だというのか。
彼女は恐る恐る触手に触れる。ビビッときた。
「ああ、そうか」
この城の周囲では、怪我や病が治るのではない。この触手に繋がった人間が肩代わりするだけだ。前任者が耐えきれず死んだから、再び病が発症したんだ。
「そんな美味しい話、ないよね」
悔しさで薄っすらと涙が溜まる。
前任者の死体はこの触手が分解して、魔物の贄としたのか。
「破戒僧らしい最期だな」
自らの最期を悟り嘲笑する。
彼女は触手と繋がった。
「以上が病や怪我が治る理由です。お分かりいただけましたか?」
「そんな。ビレチーが私たちの病気を引き受けていたなんて」
アレスは愕然とする。
「話していただき感謝します。謎が解けてスッキリしました」
オーメンが謝意を述べる。
「私もそろそろ限界を感じていました。最期に人のためになれたなら、坊主冥利に尽きるというものです」
「ビレチーやだ。最期なんて言わないでよ」
アレスは涙ながらに訴える。
「しかしこうしなければ、貴女を助けることは出来ませんでしたから」
「私は誰かに押し付けてまで生きたいとは思わないよ。もうこんなこと止めようよ」
アレスはビレチーに抱き着く。
そこにオーサーがある提案をする。
「なあ、だったらよ。希望者を集めて交代しあえばいいんじゃねーの?」
「⁉」
皆驚く。
「死ぬ前に交代すれば繋がってた奴は治るんだろ? だったら、そいつが限界を迎える前に交代すれば解決じゃん」
「いい案だとは思うけど、危険すぎる。限界なんて自分でも分からないし、苦痛を知れば候補者は減るかもしれない。それに、同調圧力が働く可能性だってある。私は賛成できない」
オーメンはキッパリ反対した。
「それもそうか。じゃあもう、潔く現実を受け入れて死ぬしかねーな」
「それは極端だよ」
またもやオーメンは反対する。
「それでいいです」
しかしアレスは賛成する。
「私は仏門に帰依しながら生に執着してしまいました。間違いを正すときです」
「なるほど、仏教徒らしい考えだ。他の奴らもそれでいいだろ?」
「私はそう思わない。でも当人がそう考えているなら、否定はできない」
オーメンは賛成した。されどリコは反対する。
「私は嫌だよ。そんな簡単に死ぬなんていっちゃだめだよ。生きたくても生きられない人だっているんだよ」
「私も、死にたくはない。けど、貴女を死なせてしまっては意味がない」
ビレチーも意義を唱える。
「もういいの。ビレチーのお陰で十分生きた。自然の流れに帰るときなんだよ」
アレスは意志を曲げない。
「でも、でもっ」
反論出来なかった。生への執着を捨てることは仏教の目的であり、今回の事例で言えば魔道具を使っての延命などは、教義に反する。
「せめて、他の子たちと話し合ってから決めましょう。扱う問題があまりに大きい」
「分かりました」
城から戻ったアレスたちは子供たちに真相を話した。
「オーサーさんの意見に賛成の人は手を挙げてください」
なんと満場一致で死を選んだ。
「……」
アマナスたち4人は驚きのあまり声が出なかった。
「もう40年も無駄に生きたしね」
「そろそろ寺に戻りたいし」
「破戒僧のまま死にたくないしね」
など、理由は様々だが、皆大人だった。これが40年の重み。
再度地下に戻り、結果を報告する。
「そうですか。皆さん、私が思っていたより仏教徒ですね。分かりました。この城から出ます」
「ところで、どうやって陸地まで行くつもりなんだ?」
オーサーが問う。
「私たちが乗っていた船は壊れてしまったので、この城ごと移動します」
「そんなこと出来るのか?」
「繋がっているうちは出来ますよ」
「便利だな」
「なら、私たちは先に出よう。船はアンカーで繋いでいるとはいえ、外との時間差が気になる」
オーメンは3人にそう言った。
「お別れですね」
「私たちは話を聞いただけですけどね」
「いえ、貴女たちが来なければ、私はひっそりと死んでいただけでしょう。感謝してます」
「とんでもない。ところで陸に戻ったらどうするつもりですか?」
「悲嘆寺は存続しています。そこに戻って、また子供たちのと暮らします」
「そうですか。ではお元気で」
「そちらもお達者で」
オーメンたちは来た時同様、泡を作り海面へと向かった。
水面に上がると月が出ていた。
「今日はもうこのまま留まろう」
「わかりました」
魔道具の反応が少しずつ移動していくのを、オーメン一人だけが感じ取っていた。
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