第73話 破戒僧

「ビレチー。竜宮城のアテあるの?」

「正直に言って、検討はついていないんです」

「えー! じゃどうするの?」

「伝承では、竜宮城の周りには銀色の魚がたくさんいるとのことですが、そんな場所沢山ありますからね」

「銀の魚って、どんな魚がいるの?」

「銀ヒラス、スズキ、イワシやアジなど色々です」

「それってどんなところにいるの?」

「プッペイ洋なら大体いますね」

「それじゃ、絞れないね」

「海は広いですからね。地道に探すしかありませんね」

 

 それから半年ほどが経った。船の上のことである。

 アレスはもう喋ることすら出来なくなった。まだ呼吸は出来ているが浅い。それは、残された時間が少ないことを意味する。旅についてきた子どもたちにも、不安の表情をするようになった。

「ビレチー。本当に行けるんだよね?」

「ええ。行けますよ。プッペイ洋も三分の一くらい進みました。そう遠くないうちに着きますよ」

「だといいんだけど」

 分かってる。この調子じゃ竜宮城へ着くより先に、アレスさんの命が尽きる。口にしないだけで、皆それを感じ取ってる。何のヒントも無に出発したのが間違いだった。せめて、描かれている魚の種類と生息域を調べてからにすればよかった。でもそれじゃどの道間に合わない可能性があった。どうすればよかったんだろう。

 密かに頭を抱えるビレチーに子どもが声をかける。

「ビレチー。波!」

「え?」

 前を見ると、大きな波がやってきた。

「まずい!」

 急いで旋回しようとするビレチーだったが、波の速度に追いつけず、飲み込まれてしまった。

 しまった。皆を助けなくては。

 流されている子供の手を掴む。他の子らも、助けを求め人を掴む。


「ガハッ、ゲホッ」

 ビレチーは意識を取り戻した。

「皆は⁉」

 近くにいた子どもから、呼吸があるかを確認しつつ、数を数える。

「……19、20、21。良かった。全員いる」

 人数を数え終わったとき、子どもが一人、意識を取り戻した。

「ビレチー?」

「目が覚めたのですね。安心してください。皆無事です」

「ここは?」

「えっとー」

 人数を数えるのに必死で、周囲の確認を怠っていたことに気付く。

「ねぇ、あの城って何?」

「え?」

 後ろを見ると、そこには城があった。それに周囲をよく見ると膜に覆われて水が入ってこない。

 そうか。ここが。

「竜宮城ですよ」

「本当に! 私たち着いたの!」

「はい。苦労した甲斐がありましたね」

「やったー」

「喜んでいるところに悪いのですが、他の子たちを起こすのを手伝ってもらえませんか?」

「もちろん!」


 その子は元気いっぱいに起こし始める。

 さて、私はアレスさんの様子を見なくては。意識があっても動けませんからね。

「アレスさん。起きられますか? いつもみたいに目で合図してください」

 肩をぽんと叩き声を掛ける。

「うーん」

「⁉」

 アレスさんは喋れないはず。それが唸った⁉

「ビレチー?」

「アレスさん。貴女喋れるのですか?」

「え? あ、本当だ! 私喋れる! 喋れて」

 彼女は一瞬驚いたが、みるみるうちに涙する。

「私もう一度喋れてた」

 大声を上げて泣いた。


 ビレチーたちは一度集合し、状況を整理する。

「建物はあるのでそこに住みましょう」

「食べ物はどうするの?」

「ここは海中です。ワカメなどの海藻を取りましょう」

「服は?」

「辺りを見たところ、漂流物がありました。それを使って作りましょう」

「それより、病気のことはどうするの?」

「そうですよね。アレスさんが動けるようになりました。それだけでなく、持病を持った方も治っています。これは一体どういう原理何でしょうか? この場所が関係してると思うんですけど」

「なんでもいいじゃん。それよりどの家に住むか話そうぜ」

 男の子が話を遮る。

「私あそこがいい」

「あ、ずるい」

「なら僕は城に近いことろがいい」

 など、収拾がつかなくなった。

 仕方ない。病気の調査は後でするか。

「はいはい。ちゃんと話し合って決めましょうね」


 それから1ヵ月が経った。皆で遊んでいるときだった。

 バタン。アレスが倒れた。

「アレスさん!」

「……」

「アレスさん! 大丈夫ですか⁉」

「……」

「ハッ」

 ビレチーは呼吸を確かめる。微かだ。呼吸はしているがとても浅い。

 何で? もう無事なんじゃなかったの?

「ビレチー。傷が」

「!」

 無くなっていた傷がついている?

「アレスを運ばなきゃ。怪我してる子もついてきて」

 ビレチーは自分の家に子どもたちを入れる。

 ここには治療道具はない。それでも何とかしなくちゃ。

「とりあえず傷口を洗って。そのあとは布で圧迫して。他の子たちは――」

 

 夜。何ともならない状況が続いている。

 多分。城で何かあったんだ。あそこだけはまだ調べてない。魔物が住んでいて調査なんて出来なかった。でも今はそんなことを言ってる場合じゃない。

「皆さん聞いてください。私はこれから竜宮城の中に入ります」

「駄目だよビレチー。危険だよ」

「承知の上です。しかしあそこに行く以外、今の状況を変える方法が思い浮かびません」

「そんな」

「幸い魔道具はありますので、分身体をここに置いていきます」

「分かった。でもなるべく早く帰ってきてね」

「勿論です」


 ビレチーは100の分身と共に城に潜入した。城の中には魔物の群れが生息していた。分身を囮にしつつ戦った。それは熾烈を極めた。本体は分身と経験を共有している。分身が傷つけば自分も傷つく。分身が死ねば自分も死んだかのような経験をする。常人ではとても耐えられない。それでも彼女は子供らを想い耐えた。


 一週間が経過した。未だビレチーは城を攻略できずにいた。

 子どもたちはというと、栄養が足りずバタバタと倒れていた。病と栄養失調。2つの災難に見舞われたビレチーの分身体は悩んだ。

 今まで海藻だけでやってこれたのは、城が平気だったからか。確かにここでは取れるものが少ない。それに精進料理はちゃんと栄養バランスが整っている。でもここでは海藻しか食べていない。それじゃ確かに持たない。こうなったら、魚を獲るしか。いやでも、それは戒律違反だ。私だけでなく、子どもたちまで破戒僧にするわけには。

「死にたくない」

 嗚呼そうだ。私達は死にたくないからここに来たんだった。死を拒んだ時点で、もう破戒僧なんだ。ならせめて、醜く最後までしがみつこう。

「皆さん待っていてください。いまから魚を獲ってきます」

「ビレチー⁉」

「戒律は命には代えられません」

 彼女は海に潜り魚を獲りに向かった。

 そして彼女らは魚を食べることで、何とか凌いだ。


 そのころ竜宮城ではビレチー本体だけが残り、地下への鍵を手に入れていた。

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