第72話 別離

 翌日。ビレチーは成人寺なりひとてらに向かった。

「すみませーん」

「ビレチーさん? お久しぶりですね」

「ええ。ご無沙汰しております」

「今回はどのようご用件で?」

「少し相談がありまして」


 ビレチーは昨日の事を話した。

「なるほど。そういうことでしたら、丁度いいものがありますよ」

 そういって住職は、高さ2メートル弱の扉を奥から持ってきた。

「これは?」

「これは魔道具です」

「魔道具⁉」

「貴女も知っての通り、ここは訳アリの人と物を受け入れています。昨日、この魔道具を持ってきた方がいらしたのですよ」

「仏教では魔道具は不浄なうえ、お祓いとかできませんからね。とりあえずどうにかして欲しかったのでしょう。それで、これはどういう効果があるのですか?」

「この扉をくぐると、分身体が現れるのです」

「分身体が?」

「そうです。今の貴女の要望を叶えられる、唯一のものと言ってもいいでしょう」

「これを使えば、私は破戒僧です」

「ではこれ以外にあなたの問題を解決出来て?」

「……一応受け取りますが、使うかどうかは考えさせてください」

「ええ、充分に悩みなさい」


 帰宅途中、彼女は精一杯考えた。

 破戒僧になれば、極楽浄土へ行くことは難しくなる。だけどこれを使う以外に道はない。それに、早く決めないとアレスさんが持たない。子どもたちの願いを叶えるためなら、戒律を破っても許されるのでは? いやしかし……。

 そして覚悟が決まらないまま、寺まで帰ってしまった。

 魔道具を裏口に隠し、僧坊へ入る。

「ただいま戻りました」

「お帰りなさい。その、昨日の続きを話したいそうです」

「分かりました」

 リビングへと集まる。


「ビレチー。昨日は悪かった。ごめん」

「いえ、私の覚悟が決まっていなかったのが悪いんです」

「それで昨日の続きなんだけど、ビレチーは竜宮城へ行きなよ」

「⁉」

「どうせ俺たちはここから離れられないんだ。だったら、離れられる奴らの足を引っ張るのはよくねーよ。後任を見つけて、アレスたちについて行ってやってくれ」

「……」

 ああ、何てことだ。私はこんな幼子に我慢をさせてしまった。ただでさえ我慢続きの人生だっただろうに。なんて頼りない。

「決めました」

「?」

「私は戒律を破ります」

「何でそうなるんだよ」

「実は今日、お世話になっていたお寺で魔道具を貰いました」

 子どもたちはざわつく。

「効果は分身体を作ること。これなら私は、ここに残りながら竜宮城へ行くことができる」

「でもビレチー」

「私にとっては、戒律よりも皆さんの願いの方が重かった。ただそれだけです」

「ありがとう」


 翌日、ビレチーたちは別れの挨拶をする。

「気を付けて」

「皆さんも最期の時まで懸命に生きてください」

「大丈夫だよ。こっちにはビレチー(札)がいるんだし」

「私は頼りないですから、不安なんですけどね」

「ビレチーは俺たちのためなら、何にだってなれる凄いお坊さんだよ」

「恐縮です」

 ビレチーは残留組を見渡す。

「お元気で」

「ご多幸を」

 子どもたちの中には涙する者もいた。まだ幼い子らは涙の意味を推し量ることは出来なかったが、そのただならぬ雰囲気は確かに脳裏に焼き付いた。

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