第67話 見送りはいらない
翌朝。ジレマとドランカードは宿に集まった。
「やってみましたか?」
「ああ」
「はい」
「よかったです。特にジレマさんは、自分のために時間を使うのは難しいかと思ったので、やれないかと」
「最初の1言はなかなか出てきませんでしたけどね」
「じゃあ流れで感想を聞きましょう。まずはドランカードさんから」
「あー、まぁ、気は楽になったよ。それに、今回は今までとは違うってことが分かった」
「どう違うか教えてもらえますか」
「いや、それはちょっと」
「そうですか。では質問を変えます。それは言葉にできるほど、深い実感を伴っていますか?」
「ああ。伴ってる。現に昨日は、ちゃんと言語化したからな」
「ならいいです。次はジレマさん。感想を聞かせてください」
「さっき言った通り、最初の1言はなかなか出ませんでした。最初の方は声が震えましたし、心臓もドキドキしました。でも話していくうちに、自分が父をどう思っているのかも、仕事についてどうしたいのかも、薄っすらと分かるようになりました」
「具体的には?」
「父が薄情な訳では無いとこ、違う業種に就いてみたいこと。この2つです」
「よい発見が出来ましたね」
「そこで相談なんですけど、私は本当に別の業種に行ってもいいんでしょうか?」
「貴方がそうしたいなら、そうすればいい。大事なのは納得感です」
「なら行きたいです」
「分かりました。では一緒に考えましょう」
「よろしくお願いします」
「前にも言いましたが、善い人と場所で働くことが理想です」
「善い人と場所って、どんな感じかんですか?」
「人道的であることは前提として、一人でコツコツ努力してもいい場所です。そして、あなたの気持ちをポジティブな方向にしてくれる人がいる場所です」
「なんだか思ったより普通の場所なんですね」
「その普通が判断出来ない可能性があるから、心配なんです」
「そんな心配は不要だと思いますけど」
「では例題です。お客様のためにと言って、日に10時間以上働かせ、儲けが少ないからと時給1000ゼニー未満の会社は、良い場所だと思いますか?」
「良いとは思いませんけど、お客様のためなら長時間働くのは普通だと思いますし、儲けが少ないなら給料だって少ないのは当然では?」
「それがだめなんです。貴方は変に経営者側の視点が持てるから、悪徳な経営者にも理解を示しますが、それでは労働者としての貴方は辛い思いをするだけです」
「うっ」
「この際お客様の視点と、経営者という視点は捨ててください」
「それは極端ですよ」
「大丈夫です。貴方は極端に振り切れられず、気遣いが残りますから」
「そうですか」
そういってジレマは少し考える。
「……あの、1つ聞きたいのですが」
「なんですか?」
「オーメンさんたちは今まで色んな場所を見てきたんですよね?」
「そうですよ」
「でしたら、私が働きやすい場所もご存じなのではないですか?」
「そんなことはないと思いますけど」
「善い人と場所で働くということなら、給仕の仕事とかがイメージし易いんですけど」
と、そこにオーサーが口を挟む。
「マモのとこなんてどうだ?」
「オーサーさん?」
オーメンは振り向く。
「あの一件があったし、クロやセバスもいる。マモが何かやらかしてもフォローが入る態勢は整っている」
「……確かにそうかもしれないけど」
「あのマモさんとは、どのような方なのでしょうか?」
ジレマが疑問をぶつける。
「金持ちのボンボン」
オーサーがざっくりとしたイメージを伝える。
「魔道具のメイドと人間の執事と共に育った貴族の方です。あの方も家族と色々ありましたが、今は成長し、父の後を継ぎました」
「なんだか親近感を持ちますね」
「似た者同士で丁度いいんじゃねーの?」
オーサーは軽いノリで言う。
「……そうだね。彼ももう精神的に成熟したと思うし、一度職場体験に行くのはいいかもしれない。決めるのはジレマさんとマモさんだけど」
ジレマに視線を送る。
「職場体験、受けさせてください」
「分かりました。とりあえず彼に手紙を出します。今日出しても、返事がくるのは10日くらいかかります。それまでは、お金と時間と労力を使う練習をしましょう」
10日後。
「返事が来ました。体験に来ていいとのことです」
「よかった」
ジレマは胸を撫で下ろす。
「体験期間は10日間です。お互いに良いと思ったらそのまま就職です」
「連絡を取っていただきありがとうございました」
「これから頑張るのは貴方です。私たちもこの町から出ます。それでも大丈夫ですか?」
「なんとかします」
「不安ですね」
「体験期間が終わったら父づてに手紙を送ってもらうので、安心してください」
「では明日出発してください。私たちも同日、逆方向に出発します」
「はい」
翌日。
「親父、じゃあ俺、行ってくるよ」
「ああ、気をつけてな」
「親父こそ、私がいないからって、酒飲まないでよ」
「分かっとるわい」
お互いに真剣な表情で向き合う。
「風邪ひくなよ」
「親父も」
抱き合った。
オーメンたちは反対の門から出発していた。
「隠れてみることも出来ただろうに」
オーサーがぼやく。
「もう見守る必要はないでしょ」
「そっか」
オーサーは納得した。
「それより、ここからは船に乗って河口を渡るよ。船酔いしないようにね」
三人は「はーい」と答えた。この船酔いが次の魔道具に繋がることを彼らはまだ知らない。
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