第66話 エンプティチェア

「……」

 ジレマは神妙な面持ちをしたまま、椅子に座っていた。

 「どうなりたいのか分からない」そう書かれた紙を前に押し黙っていた。「第三者目線で質問やアドバイスをします」だったっけ? じゃあ、質問からかな。

「どうもクマさん。どうなりたいのか分からないとのことですけど、何かきっかけとかあったんですか?」

「僕はね、子どものころからずっと、お父さんのフォローをしてきたの。だから自分のことは後回しにしてきたの。そしたら自分のやりたいことが分からなくなっちちゃった」

「そっか。頑張ってきたんだね。大変だったでしょ?」

「うん。本当に大変だった。お父さんがお酒を買うように言わなければ、お母さんは死ななかった。あれからお父さんは一層、お酒を飲むようになっちゃったし」

「多分ね、お父さんも辛かったんだと思うよ。お父さんも責任は感じてるみたいだし、妻を亡くした悲しみはあったはず」

「本当に?」

「だってあの日、お父さんは泣いてた」

「そうなんだ。お父さんも悲しかったんだ」

「さて、そんな大変な人生を送った君だけど、これからは自分の人生を歩かなきゃいけないみたいなんだ。どうなりたいかを考えるにあたって、好きなこと……は分からないかもしれないから、出来る事を考えようか」

「料理は出来るよ」

「それ以外は?」

「謝ることは慣れてるよ」

「今まで沢山謝ってきたもんね」

「うん」

「尻拭いも無駄じゃなかったね」

「だね」

「うーん。この感じだと料理屋を続けるくらいしか思いつかないなー」

「でももうお父さんとは別々に働きたいなー」

「そうだよね。もういっそのこと、別の業種にでも行っちゃう?」

「いいね。何にしよう」

「それはオーサーさんと相談して決めていこうか」

「分かった」

「今日はこれくらいにして寝よう。お休み」

「お休み」


 そのころ宿では。

「ふー」

 アマナスはトイレから部屋に戻る途中だった。

「~~」

 オーメンの部屋から声が聞こえる。

「ん?」

 何を言っているのかは聞き取れないが、オーメンの声が聞こえる。

 気が付かれないように、ゆっくりと戸を開ける。

「分かってくれるよ」

「きっとそうだよね」

 彼女は人形と対面していた。

「オーメンさん?」

 オーメンがバッとこちらを振り向く。

「アマナス君? 聞いてた?」

「いえ。何も」

「そう。なら良いけど。今見たのは忘れてね」

 目と口は薄ら笑いで、声は少し低いトーンで、彼女はアマナスの耳元で呟いた。

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