第63話 焼き魚定食

「本当に問題を抱えているのが私、とはどういうことですか?」

 ジレマがオーメンに問う。

「貴方は子供のころからずっと、父親のフォローをしてきたんですよね?」

「そうですけど」

「それがよくないんです。ドランカードさんも心配してましたが、貴方には自由がなかった」

「自由がない?」

「頼れる大人がいなくて、過度に自立しようとしてきた貴方は、いつも緊張して、感情を抑えて。人を信じられなくなってるんじゃないですか?」

 ジレマはドキっとする。

「いや、いやいや。そんなことないですよ」

「その割にはしつこく否定しますね」

 彼は顔色を少し青くし視線を下へ向ける。

「飲酒をやめてほしい。これは貴方が自立しようとする前から思っていたっことだから、気持ちを失わずに済んだんじゃないですか?」

 彼は反論できなかった。

「そしてこれを逃すと、もう禁酒させる機会はないと判断したんでしょう。私たちに声をかけるのは、とても勇気をでしたんでしょうね。偉いです」

「帰ります」

「逃げないでください」

 オーメンはジレマの肩を掴む。

「離してください」

「離しません。このまま逃げたら、貴方はこれからもずっと苦しいままです。それに、きっと"親"に囚われ続けることになります」

「親に囚われる?」

「貴方があの店で働き始めたのは、共倒れしたくないからでしたよね? だったら今は成人しているわけですし、もうあの店で働き続ける必要はないはずです」

「でも私が抜けると父も大変でしょうし」

「その考えが既に親に囚われています」

「!」

「いきなり世界を信頼しろとは言いません。ゆっくり、周囲の人から信頼してきましょう」


「……何をすればいいんですか?」

「まずは自分の考えに従って行動することから始めましょう」

「具体的には?」

「今日のお昼ご飯は何が食べたいですか?」

「なんでそんなことを?」

「いいから」

「?」

 彼は少し考える。

「焼き魚定食?」

「では質問を変えます。私とこれから食事をするとしましょう。何が食べたいですか? ちなみに私はムニエルが食べたいです」

「ならムニエルで」

「そこが駄目なんです。今私の食べたいものに合わせましたよね?」

「別にそんなつもりは」

「事実あなたはメニューを変えました」

「……」

「いいんですよ焼き魚で」

「でもそんなの我儘じゃないですか」

「自分に優しくなっただけで、我儘になったわけではありません。バランスが取れた状態になっているだけです」

「バランス?」

「意見対立は我儘ではありません。人の不都合や期待に沿わないことはよくあります。これは自己中ではありません。納得感がないまま生きるの方がよっぽど自分勝手です。それで折衷案を出せないなら、相手にも問題があります」

「そんな風には割り切れませんよ」

「ゆっくり割り切っていきましょう? ね?」

「……」

「手始めに、焼き魚定食を一人で食べに行ってください」

「付いてこないんですか?」

「私たちが行っては、リラックスできませんでしょう。それに直前でメニューを変えるかもしれませんし」

「そんなことしませんよ」

「でも、レシートは持ってきてくださいよ。ちゃんと食べたか確認しますので」

「分かりました」

 こうしてジレマはオーメンたちと分かれて、昼食を食べに行った。

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