第62話 料理屋の息子

 チョウの葬儀にて。

「ジレマ君。ドランカード君は?」

 彼女の母が聞いてきた。

「おとーちゃんは家でお酒を飲んでます」

「こんな時にまで?」

「僕もお葬式には参加するように言ったんですけど、来てくれなくて」

「そうかい。分かったよ。おじいちゃんに続いてお母さんまで……。ジレマも辛いよね?」

 チョウの父も昨年病で亡くなっていた。

「うん。だからその分、僕がしっかりしなきゃ」

「偉いね」

 祖母はジレマを抱きしめる。


 葬儀が終わり、家に帰る。

「ただいま」

 返事はない。

「おとーちゃん?」

 ジレマは不安になりド父の部屋を窺う。彼はただ寝てるだけだった。

「良かった。寝てるだけか」

 安堵する。そして遅れて怒りが湧いてくる。

 父のせいで母は亡くなった。それなのに葬儀にも出ないで家で酒に浸っている。何を考えているんだ、この男は。

 でも俺を養うのもこの男だ。今は反抗出来ない。

「このクソ親父」

 ボソっと毒づいた。それが理性と怒りの狭間で揺れる彼に出来る、精一杯の反抗だった。

 

 ドランカードが目を覚ましてからジレマは話を持ち掛けた。

「何だ。急に」

「これからは私も店に立ちます」

「金か?」

「給料は成人してからでいいです」

「じゃあ何だ?」

「私はあなたと共倒れしたくないだけです」

「共倒れだと?」

 ドランカードはムスッとする。

「物心がついた時から、母さんは親父の尻拭いしてばかりでした。これからは私がそうします」

「調子にのるなよ。バカ息子が。お前にあいつの代わりなど勤まらん」

「できます。ずっと見てきましたから。交渉も、接客も、料理も。それが料理屋の息子です」

「ハッ。頭でっかちのガキが一丁前に」

 ジレマの目は真剣そのものだった。

「……教育はしねーぞ」

「構いません」

 それからというもの、ドランカードは一層酒に溺れ、ジレマは尻拭いに奔走した。接客と交渉および謝罪の合間に料理の修行をこなした。

 それから26年、今に至る。


「お話ありがとうございました」

「離脱症状の対策は考えられたか?」

「正直に言うと、離脱症状の対策は魔道具で事足りるんです」

「じゃあ、今までの話は意味なかったのか?」

「意味はあります。貴方が問題を抱えている領域が分かりました」

「それが分かるとどうなるんだ?」

「問題を抱えているのは家族と仕事です。貴方がどうしたいかを考え、いくつかのテクニックを使い、心を軽くします」

「どうしたいか、か」

「息子さんとどうなりたいですか?」

「今まで迷惑はかけてきた。こいつにはもう少し自由に生きてほしい」

「親父……」

 ジレマは眉を八の字にし、目を少し大きくした。

「仕事の方は?」

「親父が言ってたみたいに、素面で厨房に立って客の信頼に応えたい。そして取引先とも良好な関係に」

「離脱症状は魔道具でどうにかします。禁酒は代替行動でお酒から遠ざかりましょう。そして取引先には自分から謝罪し、これからは堅実に仕事をこなして信頼を得ましょう」

「代替行動ってなんだ?」

「お酒を飲みたくなったときに、飲酒以外の行動をすることで、飲酒欲を乗り越える方法です」

「どうすればいいんだ?」

「代替行動に適したものは、主体的であること、成長・学び・発見があること、承認されること、やりがいのあることです」

「具体的には?」

「お酒に溺れたきっかけは人との離別。であれば人との繋がりを感じられることをやりましょう。例えばボランティア活動とか創作活動なんてどうです?」

「ボランティアかー」

「嫌ですか?」

「助けられる側の人間が人を助けるって、滑稽だなと思っただけだよ」

「嫌じゃないならいいです」

「色々教えてくれてありがとう」

「行動するのは貴方です。感謝するなら禁酒している自分にしてあげてください」

 

 話が一段落し、ドランカードとジレマが部屋を出ようとした時だった。

「ジレマさんは残ってください。まだ話があります」

「私ですか?」

「お話を聞く限り、本当に問題を抱えているのはジレマさん。貴女の方かもしれません」

 オーメンが彼を引き留めた真意とは? 新たな問題が発見される。

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