第55話 親であっても

「以上があなたのやるべきことです。ミモザさん」

「境界線を引くこと、愛を使える事ですか。思ったより普通のことですね。抱きしめるなら覚悟を持つことっていうのが、気になりますが」

「ミモザさんなら大丈夫だと思いますよ」

「そう言われると身が締まりますよ」

「それと、付き合い始めるのは少し待ってもらうことになります」

「早いうちに付き合った方が安定するのでは?」

「彼女はまだトレーニングを始めたばかりです。つまり不安定な状態なんです。そこに新たな人間関係を加えたら、キャパオーバーしかねない。とオーメンさんが」

「そういうものなんですね」

「安定してきたら付き合えるようになりますから、落ち込まないでください。今のうちに、彼女とどう付き合っていくのかを考えましょうよ」

「そうですね。前向きに考えた方が良いですよね」


 ボダ子のトレーニングを開始してから一週間が経過した。

「今日のメニューはこれで終了ー。一週間お疲れ様」

「ありがとうございます」

「働きながら、毎日ちゃんとメニューをこなす。これって結構難しいんだけど、ボダ子ちゃんは出来てる。本当に凄いよ。これは必ず自信になる。私が付き添わなくてもいい日はそう遠くないかもね」

「そうですね」

 そう言う彼女の表情が、一瞬吐きそうなときのモノと同じになったことを、オーメンは見落としてしまった。


 その夜のことだった。

 オーメンは嬌声で目を覚ました。部屋を出て声の方へ歩く。するとボダ子が村の男を連れ込んでいた。

 "女"の声を上げ、上下に揺れる彼女と目が合った。

「あ」

 しまったと言いたげな表情をした後、彼女は男から離れる。

「んだよ」

 男は舌打ちしながら去っていった。

「貴女、やっていたのね」

「違うんです。あの男が無理矢理」

「だったらあんなに慌てもせず、すんなり帰るわけないでしょ」

「それは、それはっ」

 言葉がでない。

「だって、不安なんだもん! 同じことの繰り返しだし、パートナーは見つからない! 本当にこれでいいのか分からない! 慰めだって必要でしょ?」

 泣きながら訴える。

「あのね」

「貴方だってうんざりしてるでしょ? 面倒見切れないって、私のことさっきの男みたいに捨てるんでしょ?」

「聞いて」

 オーメンは彼女の両頬を手で挟み、目をまっすぐ見る。

「そう思うのも分かるよ。でも私は見捨てない。今回だって怒ってないし、呆れてもない。きっとサインを出してくれてたんだよね。気付けないくてごめん」

 ボダ子の目に涙が浮かび上がる。

「それに貴女は変わってる。運動してもだんだんと息が上がらなくなってきてる。肌もニキビが消えた。努力が実を結んできている証拠だよ」

「オーメンさん」

「愛のない性行為は、気を紛らわすことは出来ても愛されることは出来ない。病気のリスクもある。だから他の方法で発散しましょう。例えば不安な気持ちを日記に書いて、その後瞑想するとか。それとパートナーについてだけど、今の貴女が新たに人間関係を持つと、きっとそれは負担になる。だからもう少し待ってて」

「うぅ、うわーん」

 ボダ子は泣いた。オーメンは隣に座り、泣き止むまで付き添った。

 辛いけど自立しなくちゃいけない。だから抱きしめられないけど、寄り添うくらいならいいよね? どうかこの子が幸福な結末を迎えられますように。

 オーメンは心の中で祈った。

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