第54話 恋愛事情

 ボダ子がトレーニングを始める前、オーメンはアマナスとオーサーに話をしていた。

「2人には探してもらいたい人がいるの」

「誰ですか?」

「彼女のことが好きな人」

「それって、望み薄な気がするんですけど」

「きっといるわ。だって彼女は普通の女の子だったんだから」

「一応探しますけど、期待はしないでくださいよ」

 そう言って2人は人探しを始めた。


「宿屋のボダ子について質問があるんですけど」

「あの魔女についてかい?」

「はい。あの人のことを好きな人っていませんかね?」

「そりゃいないと思うよ。皆性の対象として見ても、恋愛の対象とは見てないはずだから」

 他の村人にも聞いた。

「無理」

「ないわー」

「性欲と恋愛は別だから」

 などなど。

 やはりいないのでは、と思いながらも最後の男に声をかけた。

「あなたたちは何故そんなことを聞くんですか?」

「そういえば何故でしょう?」

 アマナスは首をかしげる。

「パートナーを見つけて、性衝動をどうにかしてもらうためだろ」

「そうでした」

「それとな。多分抱かれる以外の方法で、自分に価値があると思わせたいんだろうよ」

「つまりどういうことですか?」

 アマナスが聞く。

「簡単に抱かない相手じゃないと意味がないってこと」

「それで僕に」

 村人は納得したような顔をした。

「村中に聞いてるから、深い意味はねーぞ」

「そえなんですね。でも結果として、僕に声をかけてくれてよかったです」

「それって、どういう……」

「僕はこの村で唯一、彼女と体を重ねていません」

「!?」

「ほう」

 

「僕とボダ子は幼馴染なんです。彼女は美人で明るくて、スラッとした体型でした」

「今の姿からは想像出来ませんね」

 アマナスは驚く。

「性格も明るくて、誰とでも仲良くできる社交性も持ち合わせていました」

「それが転じて、誰とでも寝る様になったのか」

 オーサーが指摘する。

「彼女はきっと、自分を傷つけているんです。最初に声をかけてくれたのは僕なんです。でも断りました」

「なんで?」

「鬼気迫るあの時の彼女は、困惑している様にも見えたんです。取り憑かれたかのように、本当の彼女ではない何かになってしまったのかと思いました」

「実際魔道具のせいだしな」

「ああ、やっぱりそうだったんですね」

「まぁお前に断られたショックもあっただろうけど」

 彼は虚を突かれた顔をする。

「そんな……。僕は彼女を傷付けたくなくて断ったのに」

 彼は頭を抱え、ブツブツと呟く。

「皮肉だな。だが、今のあいつを救えるのもお前だ」

「え?」

「あいつには今肉体的な愛ではなく、精神的な愛が必要だ。そしてこの村であいつを愛してるのはお前だけだ」

「本当ですか?」

「村中聞いてきた」

「教えてください。僕はどうすればいいですか?」


 そして現在へ戻る。

「こっから先はお前に任せたいんだが」

「ごめん。私はボダ子ちゃんのプロデュースに集中したいから、彼のことはそっちに任せるよ」

「彼になにかさせることはありますか? 指示は後で出すって言って待たせてるんです」

 消極的なオーサーとは逆に、アマナスがやる気を出す。

「境界線を考えてほしいかな」

「境界線ですか?」

「どこまでは我儘を聞けて、どこからが駄目なのか。それを言語化して伝える。あらかじめ決めておかないと、対応できなかった時に「私は愛されていない」って感じちゃうかもしれないから」

「他にはありますか?」

「「愛している」ときちんと伝えてあげること。あとは……」

 逡巡する。そして。

「抱きしめるなら、きちんと覚悟を持つこと」

「分かりました。必ず伝えます」

「お前は真面目だなー」

 オーサーが肩を組み、絡む。

「他人の恋愛事情なんてどうでもいいだろーに」

「どうでもよくはないですよ」

 特に今回はそうだ。好きな人が困っているなら助けになりたい。そう思うのは普通のことだ。そして協力できることがあるなら、するべきだ。そういう行いは還ってくるはずだから。

 その瞳にはオーメンの後姿が映っていた。

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