第52話 鬼神誕生

 夜が明けた。

「ボダ子ちゃん。まずはいつからこんなことをしているのか、聞かせてくれる?」

「2年くらい前です」

「どんなきっかけで始めたの?」

「2年前の夜、何とも言えない不安と性衝動に襲われたからです」

「多分その日に魔道具の影響を受けちゃったんだろうね」

「私はこれからどうすればいいんでしょうか?」

「とにかく魔道具に対抗するしかないね」

「抵抗なんて出来るんでしょうか?」

「魔道具の効果は強大だけど絶対じゃない」

 ボダ子の表情がぱあっと明るくなる。

「魅力がないって言ってたよね?」

「はい。抱かれてる間だけは、自分にも価値があるって思えるんです」

「その思い込みこそが魔道具のせいだね。そこを直そう。性衝動については、パートナーを見つけてその人に満たしてもらおうか」

「はい」


「昨日も言ったけど、目はクリっとしてるし、鼻筋もしゅっとしてる。だから素材は良いの。あとはその大きくなった体を絞れば、きっと自信にもつながる」

「が、頑張ります」

「早速始めたいところだけど、その前に男衆にはやってもらいたいことがある」

「何ですか?」

 オーメンはボダ子に聞こえないように、そっと耳打ちをした。それを聞いたアマナスは、「それって、望み薄な気がするんですけど」と言うが、「きっといるわ。だって彼女は普通の女の子だったんだから」と返された。

「あの何を話していたんですか?」

「気にしないで」

 オーメンは軽く流した。

「それとリコちゃんには、料理を任せてもいいかな」

「任せて」

 オーメンはメニューと材料を書いた紙を渡す。

「よし。じゃあ走るよ」

「ええ! 走るんですか⁉」

「魅力があっても、それが隠れてしまっては意味がない。まずは走って絞り込むよ」

 オーメンはボダ子を引っ張り、村を一緒に走る。


「あ、あのっ」

「何?」

「どれくらい走るんですか?」

「十五分くらい」

「そんなに!」

「これくらいしないと体は燃えないよ」

「ひー」

 彼女たちは走った。ボダ子は開始二分で既に息が上がる。

「はあ、はぁ」

「まだ始まったばかりだよ! 頑張って!」

「はい!」

 開始十分後。

「ぜえ、ぜぇ」

「あと五分! 諦めないで!」

 開始十四分。

「ひゅー、ひゅー」

「あともう一息! 最後まで走るよ!」

 十五分。

「終了ー。よく頑張ったね。偉いよ」

「あ、あっ」

 呼吸が乱れ、まだ喋れない。

「少し休んだら、今度は筋トレするよ」

「まだ運動するんですか⁉」

「怪我防止のために走っただけだからね。本命はこっち」

「そんなー」


 彼女は2分の休憩を挟んだ。

「主に鍛えるのは胸、背中、脚の三点。大きな筋肉を重点的に鍛えるよ」

「はーい」

「といっても、今日やるのは足だけだけどね」

「よかったです」

 既にへとへとの彼女にとっては救いの一言だった。

「別に楽するためにこうしてるわけじゃないよ」

「へ、へー」

 図星を突かれた気になり、視線を逸らす。

「毎日やって習慣化したい。けど同じ部位を毎日やればオーバーワークになる。だから3日で1セットを繰り返す」

「合理的なんですね」

「筋トレはそういうものだよ。ほら始めるよ。まずはスクワット10回×3セット!」

「ひー」

「膝はつま先より前に出さない! 膝が壊れるよ!」

 彼女は見本を見せるため、一緒にトレーニングを始める。

「1、2,3、……10」

「オッケー。1分休んだら2セット目いくよ」

 この時点でボダ子には喋る余裕など消え去っていた。

「2セット目開始! トレーニング後の自分をイメージして!」


 そして3セットが終わった。

「ナイス! 筋肉も喜んでるよ!」

「……」

「次はラウンジ!」

 足を前後に開き、後ろ足の膝が床に近づくまで体を下げる。前足の膝がつま先を超えないようにし、背筋をまっすぐに保つ。その後元の立った姿勢に戻る。左右の足を交互に行う。

「ああぁぁ!」

「声あげてもいいから最後までやり切るよ!」

 これもスクワット同様、10回×3セットやった。

「3番目、カーフレイズ!」

 足を肩幅に開いて立ち、つま先立ちになるようにかかとを上げる。その後、ゆっくりとかかとを下げて元の位置に戻る。これも10回×3セット。

「うーん、うーん」

 ボダ子は泣きそうな声を出す。

「輝いてるよ! あともう一種だよ! 頑張れ!」


「さぁ、最後。ヒップエクステンション」

 床に両手・両ひざをつき、4つん這いの姿勢を取る。片方の足を真っすぐ後ろに伸ばし、腰の高さまで持ち上げる。最初の姿勢に戻し、逆の足も同様に行う。これも10回×3セット。

「……」

 ある種のゾーンに突入していた。オーメンが何か言っていたが、聞こえなかった。

 ついに下半身のメニューが終了した。

 2月頭の寒さと、彼女の火照った体の温度差で、体からは湯気が立ち込めていた。その気迫は鬼神の様だった。

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