第38話 悪いのは

 "お礼"が終わったアマントは赤ん坊を連れて、ごみ集めを開始した。

 主に集めるのはアルミ缶。他にも金属類は、リサイクル屋などの回収業者が買ってくれる。この子たちのためにも頑張らないと。

 彼女はひたすら集めた。時折赤子が泣くので、その対応のために手を止めた。

 あと2時間で日が暮れる。夜は手元が見えないし、集めた物を売るために、そろそろ移動しないと。

 彼女は三十分かけて回収業者の元へ歩いた。


「アルミ1キロで150円ね。他にもステンレスや銅が500グラムで……」

 店員が集めたものを確認する。

「合計3000ゼニ―ね」

「3000ですか……」

 言葉が出なかった。一日動き回って、その結果が3000ゼニー。宮仕えしていた頃の何分の一かも分からない。

「君、新人でしょ? 金属集なんてこんなものだよ」

「そう、なんですね」

 

 彼女はお金を受け取り店を出た。意気消沈していたが、赤子が彼女に元気を与えてくれる。

「そうだよね。へこたれてる場合じゃないよね」

 ベビーカーは分けてもらった。オムツも一週間くらい持つ。スタンプは隠れて打ち込んできたから、医療等は問題ない。他には遊具や本も用意したい。それに、出来る事なら父親も。

「……。やるしかないよね」

 彼女は覚悟を決めた。


 彼女は翌日、中心地へと向かった。

「ボスはいらっしゃいますか?」

「貴様何の用だ?」

 門番がガンを飛ばす。

「ボスと契りを結びたく、参りました」

「何? ボスの知り合い?」

「いえ、まだお会いしたこともございません」

「なら無理だ。帰れ」

「そうはいきません」

 そう言う彼女の顔は、確かに子を守る母のものだった。

「は? ぶん殴るよ?」

「それで会わせていただけるのなら、何発でも殴られます」

「舐めやがって」

 と、門番が彼女を殴ろうとしたときだった。

「待て、俺がやる」

 奥から大男がやってきた。

「ボス!」

「その目を見れば分かる。ちゃんと覚悟してきた奴の目だ」

 大男は愉快だと言いたげな顔をする。

「一発で分かる。覚悟してきた奴かどうかは」

 大男はフフフと笑いながら肩を回す。そして

「ふん!」

 アマントの鼻をめがけて思いっきりぶん殴った。

 ボキっと骨の折れる音がする。

 だが彼女は倒れない。涙を浮かべつつも、その目に宿った覚悟は寸分ブレることはなかった。

「気に入った。お前、俺と結婚したいんだって? いいぜ。大歓迎だ。」

「ありがとうございます」

 こうして彼女はボス、ディレクと結婚することになった。

 それから彼女は子育てに専念できた。ディレクは麻薬を売っていた。その金で彼女たちは、ゴミ捨て場に居ながら、それなりに余裕のある暮らしをしていた。

 

 そして10年の月日が経った。

 マルサとショシーロは10歳になり、元気にゴミ山を駆け回っていた。

「はぁはぁはぁ。おりゃー」

 ガラガラと音を立て、ゴミ山が崩れる。

「へへ。俺の勝ち」

 マルサの手には、金が入った時計があった。

「あー、悔しいー」

 兄妹はディレクの子という扱いになっており、ゴミ捨て場中を遊び場として自由に使っていた。今日は金を先に見つけた方の勝ち、という遊びをしていた。

「これで100勝90敗だな」

 マルサはニヤニヤする。

「11勝くらいすぐだもん」

 ショシーロは頬を膨らませる。

「ここに居たのか」

「ディレクの部下が二人を見つける」

「聞いてよ俺また勝ったよ」

「はいはい。良かったな。それより帰るぞ。ボスが呼んでる」

「そう……」

 二人の表情は明らかに沈んだ。

 

「お前たちがここに来て、10年だ。そろそろ麻薬の取引を学んでもらうぞ」

「ヤだよ。私たちはそんな汚い仕事したくない」

「その汚ねー金で育ったのは誰だ?」

「……」

 ショシーロは言い返せなかった。

「育ててくれなんて頼んでない」

 マルサは言い返した。

「お前の母親は頼んだんだよ」

「それでも他に仕事はあるだろ?」

「あまり口答えするなよ。お前の母親が今どうなってるのか、分かってんだろ?」

「……」

 マルサも言い返せなかった。

「それで、どうすればいいんだ?」

「他の奴らみたいに、ゴミと一緒に国へ持っていく。その後は――」

 ディレクは説明をした。

「それで客に売ればオーケーだ」

「分かった」

「この後すぐ仕事が入ってる。すっぽかすなよ」

「分かってらー」


 二人はボスの部屋を後にする。

「兄ちゃん。やっぱりやめようよ」

「ダメだ。母さんには治療費が必要だ」

「やっぱりこの場所が悪いのかな」

「だろうな。俺たちは生まれてからここに居るから、免疫も強くなったけど、母さんはそうじゃない」

「早くここから抜け出したいよ」

「そのためには金を稼がないとな」


「まいどあり」

 マルサは問題なく薬を売った。

 さて、ショシーロは。

 ショシーロの様子を見ると、彼女は警察に取り押さえられていた。

「ショシーロ!」

「兄ちゃん!」

「ショシーロを離せ!」

 マルサは炎魔法を使った。

「うわー!」

 警察は死んだ。マルサが殺した。

「……ちゃん! 兄ちゃん!」

 マルサは我を失っていた。

「ショシーロ……」

 茫然としたまま、彼女の方を見る。

「とりあえず逃げないと! サツが来る」

「あぁ」

 ゴミ捨て場に戻るまで、彼は逡巡した。

 やってしまった。ディレクに反発してたのに、こんなことを。ていうかなんて言おう。あいつは部下の失敗を許さない。初めてだからとか関係ない。殺される。

 マルサの顔色がどんどん悪くなる。

「兄ちゃんごめん。私がサツに捕まらなかったらこんなことには」

「お前は悪くない! そうだよ! ディレクが悪いんだ! あいつが麻薬売買なんてやらせなかったら、こんなことにはならなかった!」

 マルサの顔が晴れていく。

「ショシーロ、後は俺に任せろ」

 その顔は笑っていたが、ショシーロには、どこか無理をしているように見えた。

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