第29話 クロ

クロ

俺が八つのとき、新しい家政婦がやってきた。

「クロと申します。本日付で、坊っちゃんのお世話をさせていただくことになりました。どうぞよろしくお願いいたします」

 彼女は人形だった。瞳はレンズで、関節は球形。一目で人外と分かるその姿には驚かされた。だが、案外俺はすんなりと受け入れられた。


「お父様、明日の授業参観なのですが」

「すまない。明日は仕事だ」

 当日。

 クラスがざわついた。球体の指関節に、レンズアイ。皆驚きを隠せなかった。

「なあ、あれ誰の親だ?」

「人形が親って」

 クスクスとひそひそ話がされる。

「はい静かに。授業中ですよ」

 教師がたしなめるが、クラスの注目は外れなかった。


 帰宅後。

「お父様。宿題で分からないところがあるのですが」

「今は資料に目を通しているんだ。セバスあたりにでも聞いてくれ」

「はい」


 次の日。

「クロ、セバス。今日学校でグループワークをしたんだ。それで俺はリーダーをやったんだよ」

「さすが坊っちゃんです。さぞ、上手くまとめられたのでしょう」

「勿論。それでね――」


 数日後。

「違う。僕は君を愛している」

「嘘つき! 行事があっても、学校に来るのはメイドばっかり! 宿題を見るのは執事だし、学校の話を聞いてくれるのはセバスだけじゃん! この屋敷だって、俺のためじゃなくて従者のためなんでしょ⁉」

「そんなことはない!」

「じゃあ何なの⁉」

「それは……」

「ほら何にも言えないじゃん。行こう。セバス、クロ」 

 俺は絶望した。最近従者たちには不満があっとのは、俺も感じていた。だが、それを黙らせるために息子を犠牲にするのか? それが貴族の義務だというのか!?そんなものより、俺を見てくれよ! お父様!

 俺は犠牲にされた。あんな父親など、もうどうでもいい。だがせめてクロとセバスは失いたくない。俺だけを見ていて欲しい!


「クロー!」

 クロはオーサーとマモの魔法を食らった。

 マモはクロの元へ駆けつける。

「クロ! しっかりしろ! クロ!」

 マモは服を脱がせ、心臓コアを確認する。

「アア、ダメだ。逝かないでくれ! 俺はお前まで失いたくない!」

しかし返事はない。

 紫色に発行していたコアが、光を失う。

 マモはただ泣くしか出来なかった。しかしセバスが立ち上がる。

「マモ様。これをお使いください」

 彼は黒い卵魔道具を差し出す。

「これは?」

「何かあった時のためにと、旦那様から渡されておりました」

 そう言って手渡す。

「ありがとう」

 彼は卵を掲げる。

「魔道具よ! クロを直したまえ!」

 卵は黒い光を放つ。その光がクロを包み込む。光が晴れると、クロは目を覚ました。

「マモ様?」

「クロ! よかった戻った!」

 二人は抱き合った。マモは変わらず涙を流しているが、その意味は逆のものに変わっていた。


 マモが泣き止んだ。

「すまない。やりすぎた」

 オーサーが謝る。

「いや、先に魔法を使ったのは俺だ」

 互いに謝ったあと、オーメンは押さえていたはやる気持ちを表す。

「今の魔道具は!?」

「今のは魔道具を修理する魔道具だ。クロは魔道具だから助かった」

 それを聞いたオーメンは目に見えてガッカリした。

「そう。まぁ無事でよかったよ」

「セバスもありがとう。クビなんて言ってごめん」

「お礼なら旦那様にお願いします」


 後日マモは父の葬儀に出席した。そして帰るなりこう言った。

「アマナス。君たちは本日をもって、鉱山の損害を支払ったものとし、従者の任を解く」

 四人は安堵の表情を浮かべる。

「それとこれを受け取ってくれ」

 マモは黒い卵と金を差し出す。

「いいんですか!?」

「ほんの気持ちだ」

「ありがとうございます。やりましたねオーメンさん」

「うん」

「ここから西に行くと、俺が密かに通っている、食い倒れの町がある。そこで上手いものでも食うといい」

「じゃあそうさせてもらおうかな」


 四人をマモたちは送り出す。

「ありがとう。大切なことに気付かせてくれて。この恩は忘れない」

「殴り合った仲だ。俺も忘れない」

 二人はギュッと強く握手をした。


「食い倒れの町か。どんな食いもんがあるんだろうな」

 オーサーが持ち出す。

「あの人が通う位ですし、きっと高級品ばっかりですよ」

 アマナスが予想する。

「どうだろう。案外安いものかもしれないよ」

 オーメンがそう言う。

「安いと助かるなー。私はお金を残しておきたいし」

 リコは不安がる。

「そうだね。きっとそうだよ」

 四人は期待と不安を胸に、次の町へと向かった。

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