第15話 売れたもの

売れたもの

 喫茶店でオーサーを待つこと十五分。彼は遅れてやってきた。

「ごめんごめん。何聞くか考えてたら遅れちゃった」

「大丈夫ですよ」

 オーメンは優しくそう言った。

「じゃあ早速だけど、君たちってどういう関係なの?」

「旅の仲間です」

 アマナスが答える。

「どうやって出会ったの?」

 アマナスはこれまでの経緯を話す。


「なるほど、魔道具探しの旅をねー」

 オーサーはそう言うと口に手を当て、視線を外す。

「ええ。そうです」

 アマナスはオーメンをチラッと見る。オーメンはニコっと微笑みを返す。

「それでリコちゃんはどんな本を読んでるの?」

「『白毛組合』って本」

 それを聞いたオーサーは眉をピクっとさせ

「師匠の本かー。けど子どもには少し難しくない?」

「けど、探偵がビシっと決めるとこは好きだよ」

「それはミステリーの楽しみ方としては変だよ」

「そうなの?」

「そうだよ。もっと普通に楽しめる作品があると思うし、よかったらウチに来なよ。今書いてる作品の感想も聞きたいし」

「是非行かせてください!」

 またとない好機だと判断したオーメンは少し大きな声をあげた。

「そうだね。大人の意見も聞こうかな」


 喫茶店を出て、四人はオーサーの家へと向かった。

「ごちゃっとしてるけど、気にしないで」

「お邪魔します」

 部屋には、書いては捨てた原稿が転がっていた。

「いかにもって感じですね」

 アマナスがフォローする。

「本がいっぱい」

 リコは本に目が流れた。

「……」

 オーメンはただ黙った。

「これが今書いてる原稿。初稿は終わってるから、安心してね」


 三人は四時間程かけて、ゆっくり読んだ。

「思ったより普通でした」

 とアマナスが。

「あんまりわぁってならなかった」

 リコが続ける。

「挫折した主人公が、妹の応援で立ち上がるという大筋はいいですけど、余計な部分が多くて伝わりにくかったです」

 オーメンはダメ出しをした。

「ま、まぁ初稿だからね。これからさ。これから」

 オーサーは強がった。

「他にも沢山書いてるって言ってましたよね?」

 オーメンが問う。

「そうだが?」

「一番売れたものを読ませてください」

「あー、うん」

 オーサーはリコの方を見る。

「あまり子ども向けではないんだよねー」

「じゃあ私だけで読みます」

「ならまぁ……」

 オーサーは渋々承諾する。

「二人は先に帰ってて」

「分かりました」


 アマナスはリコを連れてオーサー宅を出た。

「三時か。おやつ食べに行こうか」

「うん」

 二人は朝とは別の喫茶店に入った。

「私はマドレーヌがいい」

「俺はフィナンシェにするよ」

 アマナスは注文の品を、眠そうに座るリコの元へ運ぶ。

「疲れちゃった?」

「一気に読んだことないから」

「そうだね」


 と会話をしている二人に、男が声をかける。

「やぁ、奇遇だね」

「あ、ライトさん」

「オーサー君の所には行ってくれたかい?」

「正にその帰り道です」

「あの女性は別かい?」

「オーメンさんは先生のとこで、まだ読むそうです」

「そうか。気に入ってくれたなら良かったよ。彼の作品は人を選ぶから」

 彼は心底嬉しそうにそう言った。

「彼の本で、唯一売れたのが、どんなものか知ってるかい?」

「子ども向けではないとだけ」

「確かにね」

 一呼吸おいて続ける。

「兄妹の恋愛ものなんだよ」

「それは確かに子どもには見せたくありませんね」

「それだけなら大した問題はないんだ。問題は、彼に実妹がいるんことだよ」

「!?」

「妹がいながら、兄妹恋愛モノを書いたんで、妹さんには気持ち悪がられてるんだ」

「お察しします」

「それでも、情熱を持って書けるものがあるっていうのは、良いことだと思うんだけどね」

「ままならないものですね」

「けど、彼のアイデア力には目を見張るものがあるし、そのうち折り合いをつけられるようにはなるだろう」


 軽く話をし、アマナスとリコは宿へ戻った。

 夜も深まる頃、オーメンは戻ってきた。

「お帰りなさい」

 アマナスは眠気混じりに、オーメンを出迎える。

「魔道具は見つかったよ」

「今回は何でしたか?」

オーサーが使っていたペンだよ」

「まさか盗ってきたんですか?」

「商売道具をとるほど節操なしじゃないよ」

「なら良かったです」

「明日少しこの街を見たら、出発しよう」

「分かりました」

「おやすみ」

「お休みなさい」

 寝る前にアマナスは考えた。役所の時もそうだったけど、魔道具が欲しいわりには弁えてるんだよな。今回も収集出来ないと分かったら、あっさり引くし……。まあ何であれ、俺はこの人に着いていくだけだ。

 

 次の朝、彼は少し早く目を覚ますのだった。

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