第10話 黒く染める宣告

黒く染める宣告

 リコの出産後、レイは彼女を職場に連れながら働いていた。接客中は他の嬢に世話を任せていた。

「この子が例の?」

 嬢が琴に質問する。

「うん。可愛いよね」

「こんなとこに連れてきてもいいのかねぇ?」

「一人にはさせられないでしょ?」

「休職すればよかったんだよ」

「ずっと家にいるのも辛いんだって」

「防音は出来てないんだ。変な風に育ったらどうする?」

「そうならないために、私たちが協力すればいいんだよ」

「出来るもんかねぇ」

「やるんだよ」


 そこにレイが戻ってくる。

「お疲れ様です。世話変わってもらってありがとうございます」

 いいのいいのと琴は言う。しかし、別の嬢は情操教育のことも考えなよ、と言う。

「すみません。けど皆さんは悪い影響を与えないと思って」

 それを聞き、嬢は溜め息をついた。

「どう育っても責任はとらないからね」

 そんなこんなで、皆に可愛がられながらリコは育った。


 しかし幸せな時ほど、不幸は顔を見せたがる。

 リコが生まれてから半年が経った頃、レイは体に違和感を覚えた。口の中と性器にしこりができ、股の付け根が少し腫れた。痛みは無かったので、レイはそれを放置することにした。


 さらに三ヶ月が経ったとき、今度は手の平や体幹部に発疹ができた。

「レイ君。悪いが君はクビだ」

 それは青天の霹靂だった。

「え? 何でですか?」

「君のその発疹。んだよ」

「なら、治療するまで、休職にしてください!」

「それね、今の医療じゃ治らないんだよ」

 深い暗闇に沈んでいくようだった。

「魔道具なら治せるかもしれないけど、都合よく見つかるとは思わない方がいい」

「じゃあ、それを見つけて治したら、また雇ってもらえますか?」

「治せたらね」

「分かりました」

 そう言って彼女は店を出た。


 不安や焦り、少しの怒りが混ざり、強ばる表情のレイとは対照的に、リコは安らかな寝顔をしていた。それを見て彼女は表情を和らげ、決心する。必ず治して戻ってくると。

 それから彼女は行けるだけ遠くまで出掛け、魔道具を探した。遺跡跡地、廃墟、海、リコがいるので危険な所へは行けなかったが、やるだけのことはやった。


 病状が悪化し続けている。探しに行けるのは、今回の旅で最後だろう。

 彼女は村の隣の森へと向かった。

 森の奥までいくと、穴のある、高さ二十五メートルほど大きな樹があった。

 レイはただ見入っていた。こんな大きな木が、村の隣にあるとは、今まで知らなかったからだ。

「やっぱり旅はいい。最後に良いものが見れた」

 引き返そうとしたとき、リコが木の皮を剥がしてしまった。

「ああ、こら、リコ」

 と叱ろうとしたが、レイは違和感を覚えた。

「この感じ……」

 レイは皮を持ってみた。すると、使い道が分かった。

 嗚呼そうか、この木自体が魔道具だったんだ。これは、魔力分配器か。今の私には必要ないけど、私が死んだあとリコがお金に困ったら、売るのもいいかも。そう思い、レイは皮を持ち帰ることにした。


 それから数年経ち、レイは横になっていることが多くなった。

 リコは五つになるが、その世話は琴をはじめとする嬢たちに任せることが殆どだ。

 不甲斐ないやら申し訳ないやらで、彼女は精神的にも追い込まれていた。それでも少しは母親らしいことをしたいと思い、彼女は魔道具を探していた時に訪れたところの話をすることにした。

「旅はいいよ。面白いものがいっぱいあって、新しいことを知れる。だからね、リコも大きくなったらこの村を出て、色んなことを知ってほしいな」

 視界が滲む。

「そうだ。もうすぐリコの誕生日だね。少し早いけど誕生日プレゼントがあるの。お誕生日おめでとう」

 震える声と手で、使いやすく加工した魔道具を渡すと、彼女は事切れた。

 まだ幼いリコが母親の異変に気がつくのには三日かかった。

 

 四日目の朝、琴がリコの家に向かい、死後の手続きを執り行った。

「リコちゃん。ウチ来る?」

「なんで?」

「だってお母さんは……」

 琴は言い淀む

「一人にはさせたくないの」

「おばちゃんはもう来ないの?」

「来るよ!」

「じゃあやっぱりここに残るよ」

「本当に?」

「うん」

「……分かった。でも、絶対に目の届く範囲にいてね」


 それからは琴の世話になりながら過ごした。そして十歳になり、二人と出会ったのだった。

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