23,お願い
「っていうことがあったんです」
言葉してみればワルツ一曲分の回想だ。
バイオリンの音が止み、私達のステップも終わりを迎えた。
「その男の子の名前もきいていないし、今の私には占いえませんけど、ずっとどうしているか元気になっているか気になっているんです。 」
あのとき泣いていた少年は今笑えているだろうか?
「その時の少年は心優しいメグに救われたんだよ」
思い出に浸ってぼやけた脳に届くのは、蜂蜜のようにとろけそうなほど甘い声。
ハッと顔を上げると、今まで合わせてきた目の中で一番優しい光をたたえた皇子殿下がいた。
「毎日苦しくて息ができないみたいで、周りからのプレッシャーに押しつぶされそうで、それから何度も挫けそうになった。
度々自分が操り人形なんじゃないかって思うこともあった。そのメグとの約束があったから心を支えられたんだ。
留学だって本当は行きたくなかったし、殆どの人に心を開けられなかった。でも耐えられたんだよ。
でもいつもメグの言葉が僕の心に希望の光をくれていたんだ」
どうやら私は呼吸の仕方を忘れてしまったようだ。
息を吸うよりも前に、皇子殿下の腕が私の体を包み込んだ。
「ずっと会ってお礼を言いたかったんだ。 会いに行くのが遅くなってごめんね」
まさか。
そんなことがあるか?
震える唇をキュッと結ぶと、ゆっくり開いた。
「王子殿下が、あの時の男の子なんですか……?」
「うん。あの時から成長してしまったから、メグが分からなくても当然だ。ずっと黙っていてごめんね。
悪いと思ったけど、あの後パーティーの招待客を調べさせてもらったんだ。そうしたら直ぐに君の居場所を突き止められたよ。でも未だ僕が未熟だったから、逢いに行くことができなかった」
微かに震える肩が、あの日の少年と重なる。
冷たい指で皇子殿下の服を掴んだ。
「ごめんなさい、ずっと約束していたのに……私、あなたの運命の人を探せない……」
「泣かないで、それにあの日君が教えてくれたんだよ。運命は自分で切り開かなきゃいけない」
体が離れた。 寒いはずなのに、ちっとも心は寒くならない。そっと手を取られると。その瞳に吸い寄せられた。
「自分の運命は自分で決める。
マーガレット・ペズー。僕と結婚してください」
思考が止まった。
「結婚……?」
「うん。結婚」
「誰と誰が?」
「メグが、僕と」
「私と皇子殿下が」
「そう、夫婦になって欲しいんだ」
夢を見ているのだろうか? そうだ、これは夢に違いない。
「だって私はただの占い師で、後ろ盾も何もなくて、」
「僕が望んでいるのはメグだけ、それ以外何もいらないよ。メグの気持ちを教えて欲しい」
「私、は……」
何にも隔たらないまっすぐな視線が、私を射貫く。
夢だと思い込みたいのに、痛いほど高鳴る胸が現実だと教えてくれる。
なんの疑いもなく差し出されたこの手を取ったら、どんな未来が待っているのだろうか。
呆然とたくましい手を眺めていると、後ろでキィ……と窓を開ける音が響いた。
「おや、なんという展開だい」
「アッヒョオ⁉」
決して忘れていたわけじゃない。
しかし怒涛の展開に頭から抜け落ちていた。人気がなかろうと、ここは公共の場である。
誰かが入ってくるのは大いにあり得ることなのだ。
「……随分とお早い到着なことで。
ラセータ嫗」
「健在で何よりです、カルロ皇子。
メグも変な悲鳴を上げられるくらいには元気そうだね」
「お、おおおおおばあちゃん……⁉」
血のつながった実の祖母が、腕を組んで窓際に佇んでいた。
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