22,覚えているの



 あれはどこの貴族だったとか、細かいことはもう忘れてしまった。けど、おばあちゃんのお得意様の一人だったはず。


 ある日おばあちゃんがそのお客様を占ったところ、その助言によって家名没落をま逃れたとからしい。

 そこで是非ともお礼にと言って、パーティーに招待してもらったのだ。

幼い私をあの森の奥深くに残していくことは出来ず、必然的に私も付いていくこととなった。


 けどパーティーなんてものは結局大人のエゴ。子供には暇な時間でしかない。


 おばあちゃんに一言声をかけると、出入りが自由になっているバルコニーに避難したのだ。


『うふふ……お菓子持ってきちゃった!』


 両手に持っているのは、ナッツとチョコレートが練りこまれたクッキー。

 会場に置いてあったのに誰も手を付けない食べ物たちが少し可哀そうに見えた。


 早速! とクッキーにかじりつこうとした時だった。


『……誰?』

『っ……!』


 私と同い歳くらいだろうか。一人の男の子が、バルコニーの隅っこに蹲っていた。


『どうかしたの?寒い?』

『えっと、僕は……』

『もしかして迷子? 私おばあちゃんと一緒に来てるの、よかったらお母さんを探すの手伝おうか?』


 ほんの小さな親切心だったが、男の子は私の申し出に顔を真っ青にして頭を横に振った。


 うーん……。あ、お腹空いてるのかも。


『じゃあこれ一緒に食べようよ!』

『え、でも……』

『あんなに沢山あるのに、誰も食べようとしないの。勿体ないよね。だから私だけでも食べようと思って持ってきたの!』


 はい! と、クッキーを手渡すと、男の子は恐る恐る受け取ってくれた。


『パーティーで何か食べるのなんて、初めてだ……』

『そうなの?私だったらすぐ食べちゃう。だってナッツとチョコレートがいっぱいのクッキーがあるんだよ?放っておけないよ!』

『そのクッキーが好きなの?』

『うん!大好き!』


 多めに持ってきておいてよかった、と数分前の自分を褒めながらもう一枚口に放り込む。


『貴女は……誰かの招待でここに?』

『うん、おばあちゃんのお客様がお礼においでって』

『お礼……どこかの商家?』

『おばあちゃんは占い師だよ!

 これくらいの大きな水晶で、困った人たちを占いで助けるの!』

『へえ、凄いな……』

『私も将来はおばあちゃんみたいな凄い占い師になって、色んな人を助けるの!』


 いつの間にかクッキーは無くなっていた、どうやら男の子も一緒になって食べてくれたらしい。


『君は?お母さんに連れてこられたの?』

『あ……僕、は……』


 なにかまずいことを聞いてしまったのだろうか。男の子は途端に涙ぐむと、俯いてしまった。


『えっ⁉ごめん、なんか嫌なことした⁉』

『ううん……でも僕、もう全部嫌だ……』


 聞けば男の子は親の方針で厳しい教育を受けているらしい。勉強に乗馬にダンス、聞けば聞くほど自由のない生活。


『今日は僕の婚約者を見つけに来たんだ。まともに知りもしないのに、急に婚約なんて……!』

『婚約……婚約かぁ……』


 幼い私には全く想像もつかない世界。大人になった今なら、ようやく事の大きさが理解できる。

 男の子は何処かの上級貴族だったのだろう。


『じゃあ私が大人になって、立派な占い師になったら君の運命の人を探してあげる!』

『貴女が?』

『うん!今はまだ見習いだから出来ないけど……もし私達が大人になって、まだ君に婚約者がいなかったら私が手伝うよ!』


 ほんの小さな約束だった。男の子はようやく顔を上げると、私と視線を絡ませた。


『運命の人……。いるかな?』

『もちろん! 大好きで離れたくなくて、君の魂が求めている人は絶対にいる!』


 自分の小指と男の子の小指を絡めると、軽く振った。


『運命は自分で切り開くものでもあるんだよ、ドンと構えてなきゃ!』

『ふふふ……不思議だ、なんだか大丈夫な気がしてきた』

『でしょ!』


 つまらないパーティーだと思っていたけど、歳の近い友達が出来てラッキー。


 けどその時間はすぐに流れていってしまう。


『メグ、こんな所に居たのかい』

『おばあちゃん!』


 バルコニーの窓が開くと、現れたのはよそ行きのローブを羽織ったおばあちゃんだった。


『帰るよ……おや、これはこれは』


 おばあちゃんはまるで上客に挨拶をするように、男の子に向かって恭しく頭を下げた。

 もしかしてお客様のお子さんだったのだろうか。


『? おばあちゃんの知り合い?』

『いや、そうじゃないさ。でもこの方には敬意を払わなければいけないよ』

『敬意なんていらない!』


 おばあちゃんの声を遮るようにして叫んだのは、男の子だった。

 とても驚いたのを覚えている。だってつい数秒前まで消え入りそうなくらい儚く涙ぐんでいたのに、急に声を張り上げたのだから。


 そして大股でやってくると、私の両手を包み込んだ。

 目を見開いたおばあちゃんが『ああ、そういうこと……』と、呟いていたのを覚えている。


『約束だよ、絶対僕の運命の人を見つけてね』

『うん! 約束だよ!』


 よくある子供の戯言に近かったと思う。でも男の子の希望に満ちた顔は、脳裏にハッキリと焼き付いた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る