20,参りましょう


 さあ、今日は楽しい楽しいパーティーだ。はりきって行ってみよう!

なんて、元気なこと言ってられない状況である。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………あの、皇子殿下?」


 時刻は夕方、もうすぐパーティーが始まるだろう。


 塔でいつも通りお客さんの対応を終えた私は、パーティー会場に向かおうとしていた。

 タロットをしまって庭に出ると、そこに待ち受けていたのはマリーさん率いる使用人さん一同。


 そこからは早かった。


 有無を言わせず私を本城に連れて行ったかと思うと、お風呂から着替えまで全てやってくれたのだ。自分でやるといっても聞く耳を持ってもらえず、最後の化粧まで仕上げてもらった。


 ようやく終わったかと思うと、マリーさん達と入れ違いに入ってきたのが皇子殿下。

 こんばんは、と挨拶をしたら、冒頭のように固まってしまい今に至る。


 ……も、もしかして。


「私、どこかおかしいですか?」

「そんなことはない‼」

「そ、そうですか(やっと喋った!)」

「あっ、すまない、急に大きな声を出してしまって……」


 よかった、変な格好じゃなかったんだ。それもそうだ、だってこのドレスを用意してくれたのは皇子殿下なんだから。


「あのう、このドレスなんですが、」

「……い……ぁ……」

「え、なんておっしゃいました?」

「……綺麗、だ」

「…………」


 なんだこの空気。

 私はただお礼が言いたかったのと、もう少し控えめなドレスは無いか聞きたかっただけだ。


 何を隠そうこのドレス、確実にお金がかかっているのだ。

 全体は黒いが、この幾重にも重なったシフォン生地は絶対にいい布だ。それに腰にから裾まで散りばめられたこのキラキラ、多分宝石だと思う。

 占い師がここまで着飾ったらダメだと思う、もう少し控えめなドレスがないか聞こうとしたのだ。


 なのに!


「あ、ありがとう、ございます……」

「想像以上に似合っていて、綺麗で……可愛い要素も残っていて……」

「や、雇い占い師にそんなお世辞言っても占い結果は変わりませんよ!」

「お世辞なものか! 全部本心だ!」


 現れた皇子殿下の髪はいつもと違って掻き上げられており、色気が普段より何割か増している。

 私もいつもより綺麗にしてもらったけど、彼と並んで歩くのはとてもじゃないが勇気が出ない。パーティーが始まったら壁に張り付こう、そうしよう!


 無意識に頬を抑えると熱い。


 それもこれも着慣れていないとかドレスだとか、付けたこともないような価値のあるアクセサリーだとか、いつも眩しいけど今日は目が潰れるほど輝きを放っている皇子殿下の影響だ‼

 決して照れているんじゃない‼

 皇子殿下の顔も赤いが、私の顔も負けじと赤い。


「皇子殿下、占い師として同伴するのはよろしいのですが、このドレスはあまりにも華美かと……もうすこし控えめな方がよろしいのではないでしょうか」

「そんなことないよ!

 全体の色が落ち着いていて、会場に馴染むよ。それに僕の隣に立ってもらうんだから、あまり控えめな格好だと逆に浮くよ」

「な、なるほど。

 あの、念のために確認したいのですが、全体にキラキラしている石はなんでしょうか?」

「ダイヤモンド」


 眩暈がしたが、ここで倒れたらドレスが傷物になる。

 そして今日は出来るだけ水平に動くことを心がけようじゃないか。


 カチコチに固まった私の前に、腕が差し出される。


「さあ行こうか。エスコートは任せて」

「ありがとうございます……」


 履きなれていないヒールは、気を抜いたらこけてしまいそうだ。なので正直言って腕を貸してもらえるのはありがたかった。


「メグは今日のために死力を尽くしてくれたんだ。常日頃頑張ってくれているんだから、今日はたまの息抜きだと思って楽しもうよ」

「ありがとうございます。では本日分の給金は差し引きをお願い致します」

「だめだよ、それなら心の中で人相占いしてくれているだけでいいから」

「でしたら机と椅子を三脚用意して頂けませんか? 私と皇子殿下が二人で座り、向こう側へ希望されるご令嬢に座ってもらって相性占いをしましょう」

「聞いたこともないパーティー形式だね、今後流行るかな」

「寛大すぎます、悪評が流れて終わりですよ」


 悪態をつきながら会場に続く廊下をしずしずと歩く。こんな冗談を言ってしまうくらいには、私も緊張しているらしい。


 皇子殿下曰く、今日は大した規模のパーティーではなく、知り合いの貴族を招いての小規模なものらしい。それにしても随分と気合いの入ったドレスを用意してもらったが、会場の方々もこういうものなのだろうか。


「もしかして緊張してる?」

「当たり前じゃないですか、こんなドレス着たのだって生まれて初めてなんですよぉ……」

「大丈夫だよ、絶対にメグの側から離れない。一人にしないから、安心して」

「皇子殿下……」


 かっこいいんですけど、この場に連れ出したの貴方なんですよ。

 とうとう会場に続く扉の前までやってくると、腕をソッと離した。


「どうしたの?」

「傍にいてもらうのはありがたいのですが、私がいると他の女性が皇子殿下に話しかけづらいかと」

「そんなことないよ、むしろメグに興味を持ってくる人が大勢来るんじゃないかな。今占いは流行だからね、仕事の依頼が来たりして」

「ダメです! 今日は皇子殿下のためにここにいるんですから!」

「僕のため……メグが……!」


 何かブツブツ言ってるけど、気にしない気にしない。

 私情はここの奥底にしまうと決めたんだから。


 開かれる扉を睨みつけた。

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