19,嗚呼、なんと烏滸がましい



「よかった、メグが一緒に来てくれるなら嫌なパーティーも楽しみになってくるよ!あ、ドレスは心配ないよ、こっちで用意しているからね」

「あ、ありがとうございます……」


 一人で塔に帰れると散々主張したが、その声は流されて何故か一緒に塔へ歩いている。

 マリーさんは私の荷物を持って先に戻ったらしく、馬車で降りた所にはいなかった。


ゆっくり進んでいた皇子殿下の足が止まった。


「? どうかなさいましたか?」

「メグ、やっぱり疲れてる?」

「そんなことは……」

「口数も少ないし、やっぱり顔色も優れないみたいだ」


 端正な顔がグッと近付いた。やっぱり綺麗だな……。

 ぼんやりと上を向くと、夕焼け色の瞳が揺れていた。心から私を心配してくれているのが手に取るようにわかる。


 その優しさに泣きたくなる。


「(一雇い占い師をここまで心配してくださるなんて……)」


 偶に暴走して私の話を聞いて貰えないけど、この人は優しい人なのだ。

 自分の時間を割いて民のために働き、出席したくもないパーティーに参加するこの人の願いを早く叶えてあげなければ。


「皇子殿下は、」


 無意識のうちに言葉が口からこぼれ落ちた。


「やっぱり早く運命の人に出会いたいですよね」


 あ、と思ったけどもう遅い。なんというわかりきった質問だ、そのために私がここにいるというのに!


 案の定、と言うべきだろうか。皇子殿下は少し驚いたように眼を見張っていた。


「うん、そうだね」

「で、ですよね」


 ほら、マリーさん。皇子殿下が私に優しいのは少しでも早くお相手を探すためなんですよ。私を寵愛している? そんな筈ないじゃないですか。


 鼻がツンと痛くなり、目頭が熱くなる。あ、やばい。


「皇子殿下」

「なに……えっ⁉」


 このままだと泣いてしまう。よくわかんないけど、なんか泣いてしまう‼


 涙を誤魔化すという意味も含めて、勢いよく頭を下げた。


「申し訳ございません! 実は実家で色々試行錯誤してみたのですが、水晶が元に戻らなかったんです……‼」

「あ、そうなの?」

「それどころか赤味が増す一方で……」


 この軽い返事の意図が計り知れなくて、体がこわばる。これが最後のチャンスだった? もう契約解除? 


 ……それとも期待されていなかったのかな?


 小さく震える肩に、優しく手が置かれた。


「心配しなくても、そんなことでメグを罰したり見捨てようなんて思っていないよ」

「で、でも……」

「かわいそうに……水晶が言うことを聞いてくれなくて不安だったんだね」


 え、と思った時には、皇子殿下に抱き寄せられていた。

 まるで幼子をあやすように頭を撫でられ、震えていた体が落ち着きを取り戻す。


 な、なんで抱きしめられているんデスカ。


「メグは今のままでいいんだ。あの塔でずっと好きなハーブに囲まれて、ずっと笑っていて欲しい」

「そんな! それでは私という占い師に存在価値がありません!」

「そんな悲しいこと言わないでよ」


 どれだけ皇子殿下が慈悲深かろうと、それは私の占い師としてもプライドが許さない。

 反抗心が擽られ、グッと逞しい胸板に手をついて体を離すとヒュッ……と息を飲んだ。


「ねえメグ。メグはずっと僕の帰る場所で居て欲しいんだ」

「お、皇子殿下……?」


 さっきまで心配に揺らいでいた瞳が、ドロドロに熟したザクロのように中毒的な甘さを含みながら怪しく光を湛えている。


 頬に皇子殿下の硬い指先が触れ、ビクッと体を震わせた。こんなに暖かな日差しの下に居るのに、指先が冷たいのだ。


「泣かないで。メグに泣かれたらどうしたらいいかわからないんだ」

「な、泣いていません……」

「嘘、こんなに目を潤ませて」


 目尻に浮かんだ涙は引っ込んだはずだけど、所詮水分が分散しただけに過ぎない。


「僕はメグを絶対に手放さないよ。やっとここまで来たんだ、囲い込んでこの箱庭から出さない」


 耳元に吐息がかかり、体の力が抜けた。甘い甘い、夢の中へ誘うような声。

 初めて出会ったときは金色の小麦畑みたいな綺麗な金髪と思ったけど、今は全く別の物に見える。


「(カロライナジャスミンみたい)」


 蕩けるような甘美なる薫りを纏う、黄金色の美しい花。だが薫りに釣られて口にしてはいけない。

 体を蝕む毒を孕んだ、誘惑の花なのだ。


 耳元で囁かれた声が脳に到達して、体の力が抜けていく。

 知らない間に毒に当てられていたのかな。


 再び抱きしめられて、私の黒髪に指が通される。

 離れなきゃいけないのに心地よくて、ずっとこうしていたいと思ってしまう。


「(そっか、私……)」


 なんという烏滸がましい感情を抱いてしまったのだろうか。


 雇われという立場で、あろうことか皇子殿下に心を寄せてしまった、だなんて。


 水晶が曇った時と同じような絶望感が、私の心を覆った。



「カルロ皇子、お迎えに上がりました」


 現実に引き戻されたのは、ジェイランさんの声だった。


「……迎えなんて頼んでないけど」

「国王陛下がお呼びです。明日の件かと」

「……わかった」


 た、助かった……! 皇子殿下から体を離すと、外套を綺麗に正す。


「メグ、本当にごめんね。本当は塔まで送ってあげたかったんだけど」

「いいえ! もうすぐそこですので!」


 ありがとうございました失礼します‼ と一息でお礼を述べると一目散に賭けだした。


 いけない、この気持ちは殺さなければいけないものだ。

 距離を間違えるな、マーガレット。


 滑り込むように塔へ入ると、先に戻っていたマリーさんに心配されたのはまた別の話。






「カルロ様、あまりからかわない方がよろしいかと」

「別にからかっていないと、全部本当のこと。っていうかどこから見ていたわけ?」

「よかった、メグが一緒に来てくれるなら辺りから」

「は? 気安くメグって呼ばないでくれる?」

「(とうとう同担拒否の拗らせファンに昇格したか)」


 いつかやらかさないことを家臣として祈るしか無い。懐から一枚の手紙を取り出すと、足早に進むカルロ皇子に差し出した。


「先ほどラセータ嫗からマーガレット嬢宛に届きました」

「……メグの祖母か」


 横目で差出人を一瞥すると、中身を見ること無く懐にしまわれた手紙。

 その躊躇のなさから、マーガレット嬢本人に渡すべきだったかと思ったが、もしこの人にバレたら厄介だろう。


「渡さないのですか?」

「そう言うならさっき直接渡せばよかったじゃないか」

「同担拒否拗らせファンにその場を目撃されたら刺されかねませんので」

「どうた……なんて?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る