14,思いを馳せる先は


「歩き疲れた? 少しあそこのベンチで休憩しようか」

「はい」


 しかそいいことを聞いたぞ。

 さっき教えてもらった浄化方法は、手間暇を考えると占い師の役割というよりストーンを取り扱うお店側の伝承だ。

 ならば実家で読み漁っていたご先祖様の伝承の中に乗っていなかったのも頷ける。 


 可愛らしい木のベンチが私達を迎えてくれる。皇子殿下がベンチに腰を掛けたのを見届けると、唇を開いた。


「カルロ様」

「うん?」

「実家に帰りたいです」


 ここは都会のど真ん中だ。

 大地から湧き出る清水や月桂樹の朝露は、手に入らなくもないがお金も人の手もかかるだろう。ならば森に帰った方が資源も潤沢にあるしなにより質のいいものが手に入る。


 だが今となっては雇われている身、給料が発生している以上遠出を申し出るのはどこか心苦しい。


「それは、さっき教えてもらった水晶の浄化方法を調べるためかな?」

「そうです」

「そっか……」


 え、なんでそんな悲しそうな顔をするんですか。

 皇子殿下は増えた荷物をベンチに置くと、「ここに座って」と、隣を開けてくれた。契約内容の更新だろうか。


「そうだよね、水晶はメグにとって大切な商売道具だ。綺麗にしなきゃいけないという気持ちはわかるよ

 でも僕は不安なんだ」

「不安、ですか」


 その瞳に揺れている感情は、形容しがたい不安定さに染まっている。


「僕はメグと離れたくない」

「そう言っていただけるのは非常にありがたいです、しかし何度も申し上げますが、今の私は占い師としてほぼほぼ機能しておりません。カルロ様の当初の望みを叶えてあげることは出来ないのです」

「占い……そうだよね、僕たちの間にあるのは占いだ」


 いや、最初から占いしかないでしょう。

 そう言い返そうと思ったが、胸がひどく痛んだ。


「(……私はここに遊びできているんじゃない)」


 そう、仕事なのだ。割り切れ。

 いい機会だ、皇子とか関係なくここでガツンと言ってやろう。


「カルロ様、実は少し聞いたことがあるのです。私に占いを依頼する前、何人か婚約者がいらっしゃったとか」

「ああ、そういえばいたような……それがなに?」

「それがなに……⁉」


 こ、これは……!

 価値観の違いというやつか⁉


 一人じゃなくて数人って聞いていたけど、そんな簡単に割り切れるものか……いや、相手はやんごとなきお方だ、私みたいなパンピーを一緒にするな!

 一つ咳払いをすると、膝の上に手を置いた。


「いいですかカルロ様、聞いた話だとその婚約者の方々にもほとんど会われることなく婚約解消を申し出たらしいじゃないですか」

「そうだよ、だって知らない人だったし」

「それが! 運命の人を遠ざけいるのですよ‼」

「ちょっと!」

「ふぐっ!」


 やべ、声が大きすぎた。慌てて口を閉じると、唇に何か固いものが当たった。

 皇子殿下の掌だ。


「流石に恥ずかしいよ。それに正体がばれてしまう」

「ふがふがっ……」

「……これはこれでいいな……」

「ブハッ! な、なにがですか!」


 声を大にして喋った私が全面的に悪いのは認めよう。しかし近いぞ。

 皇子殿下の肩を押し返すと。改めて距離を取り戻した。


「失礼しました。ですがカルロ様、私は決して間違ったことは申し上げておりません。私の占いを頼る前に、自分から行動することも大切なのですよ」

「流石この国一番の占い師だ、説得力が違うよ」

「え? あ、そうですか?」


 やだな、急に褒められるの弱いんだけど。因みにさっきの名言は私の実体験でもなんでもなく、ただ毎日のように話す常連さんからの受け売りである。


「でも僕は僕なりに行動しているんだよ」

「きっと私の知らないところで努力をされているのでしょう、ご立派です」

「うん、だから少しは近付いてきたと思うんだよね」


 近づいてきた、というのは、運命の人が?

 頭を傾げると、皇子殿下が私の頭を撫でた。不安定なその瞳はまだ揺れ続けている。


「メグがどうしても実家に帰って浄化の準備をしたいというなら止めないよ、僕はメグの願いならなんだって叶えてあげたいんだ」

「ありがとうございます、では明日にでも出立いたします」

「じゃあお供にマリーを付けようか」

「こんな急にお願いしても大丈夫でしょうか? マリーさんにも都合があるのでは」

「大丈夫だよ、メグの周りの使用人の管理は全て僕がしている」


 一人で帰れるのに……。悶々と頭を悩ませていると、皇子殿下の手がようやく頭から離れた。


「これ、本当は明日一緒に食べようと思っていたんだ。ナッツとチョコレートが沢山のクッキー、好きでしょ?」

「え……」


 このクッキー、私の分だったの?

皇子殿下は袋から茶袋を出すと、私の膝の上においてくれた。ふわんと甘い香りがして、食欲がそそられる。


「……私、好きなクッキー教えたことありましたっけ?」

「知ってるよ、メグの好きなクッキーくらい」


 いや、だから教えたこと……あ、あれか、差し入れで色々貰ってるから、その減りを見て推測したのか。流石皇子殿下。


「城に帰ったら早速用意しようか、食事も用意しないとね」

「いえ! 道中に自分で調達しますので!」

「僕の為にあの長い道のりを歩んでくれるんだ、少しくらい手助けさせてほしい」

「もう十分過ぎるんです……!」


 専属占い師ってこんなに優遇されるものなのかな。

 対応があまりにもビップ過ぎる……!


「でも、なるべく早く帰ってきてね」

「はい! 迅速に綺麗にしてきます!」


 よし!これで水晶が元に戻るかも……!

 ふと、頭上が暗くなった。あれ、もう日が暮れてきたかな。


「カルロ皇子」

「あ、ジェイラン」

「(お、怒ってる)」


 わあ……こめかみに青筋が立ってる……これは徹夜で説教コースなんじゃないかな……。


「はい、お土産」

「お気遣いどうも。ところで城に期限が今日までの仕事が山のように残っていますが。どうするおつもりで?」

「あ、明日からメグが実家に帰ることになったから。買ったハーブを今日中に植えないといけないんだ」

「いえ! ハーブ植えは私が爆速で終わらせますので! どうか執務にお戻りを!」

「やだよ、しばらく離れ離れになるのに」

「マーガレット嬢、少しよろしいでしょうか」

「は、はい」


 単独説教⁉ ジェイランさんの低い声には逆らえない……。


 ピシッ!と立ち上がると、目の前に小さな馬車が止まった。


「無礼をお許しください」

「ほ」


 それは見事としか言えなかった。私の住まう塔で身の回りの手伝いをしてくれている使用人さんが二人、私の横に音もなく現れた。


「さあ、参りましょう」

「え? な、はい?」

「メグ!」


 絵面だけで言えば運命に引き裂かれるおとぎ話の二人。だが私はわかっている。


「(カルロ様……皇子殿下に仕事をさせるために、今日は強制終了ってことか)」


 乗り込んで間もなく揺られ始めると、窓の外でジェイランさんに突っかかっている皇子殿下が小さくなっていく。


 明日城を出立するなら、戻ってすぐに準備をしないといけない。


「次皇子殿下に会えるのは……少し先かな……」


 痛みが収まった筈の胸に、隙間風が吹いたような寂しさが滲んだ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る