13,手がかり



「いらっしゃいませ」

「お邪魔します!」


 ようし、とりあえずジェイランさんの目からは逃れられたぞ……!


 少し暗がりの店は、どこか何処か不思議な空気に満ちている。

 あ、ここは……!


「へえ、石の店か。綺麗だね」

「本当ですね……」


 適当に入った店は、大小形も色も様々な石が置かれている、所謂パワーストーンの店だ。


「石って種類によって意味合いも違うし、不思議な力を持っているんだよね。メグもそういうの好き?」

「好き、というより私の商売道具なんですが」

「そうだった」


 私の使っている水晶もパワーストーンといえばパワーストーンだ。


 奥から出てきた男性の店員さんが、にこやかにこちらへやってくる。


「本日はどのようなものをお探しでしょうか?」

「えーっとぉ……」


 しまった、適当に入ったから何にも考えていない。

 気まずくなって視線を彷徨わせると、水晶の原石に置かれたブレスレットが目に入った。


「私の持っている石がちょっと汚れてしまって……自宅で浄化する方法ってないですかね?」


 実際はちょっとどころじゃないのだが。


 私なりに石の浄化方法を調べ、実践しているものの結果を得られていない。ならば餅は餅屋! 今日この店に偶然入ったのもなにかのお導きだろう。


 店員さんは私の話を聞くなり、棚から小さな袋を取り出した。


「ご家庭での浄化であれば、一番はさざれ石ですね。

 当店のさざれ石は水晶以外にも、アメジストにローズクォーツ、黒水晶にラピスラズリを配合しているんです」

「わ、豪華!」

「綺麗だね」


 店員さんの手元を、皇子殿下が興味深そうに覗き込んだ。

 かくいう私もこんな色とりどりのさざれ石を見るのは初めてだったりする。


 一粒手にとってランプの光に透かして見た。

  透明度も高く、品質の良い石だ。


「あの、キロ単位で購入できますか? 」

「キロ単位⁉」

「ちょっと大きな石を浄化したいんです!」

「そりゃうちは儲かるから構いませんけど……」


 数キロくらいなら、頑張れば持って帰れるはず!

 鼻息荒く箱の中で輝くさざれ石を懇願の眼差しを送りつつ財布の中身を思い出す。


 さざれ石を袋に詰めていく店員さんが、ひらめいたように頭を上げた。


「そうだ、お客様!

 石の浄化の効果を底上げする方法をご存じですか?」

「ハーブを焚いて煙を纏わせる方法ですか?」

「それももちろんメジャーな方法なんですけど、古来より伝わるおまじないみたいな方法があるんです」

「お、教えてください‼」


 藁にも縋る想いこういうことである。

 カウンターに手をつき身を乗り出すと、店員さんが一歩後ろに引いた。


「自分も昔祖父から聞いたおまじないなんですけど……」


 店員さんの言葉を一字一句逃さないように、耳を大きくした。いや、マギーじゃないから。


「まず、白樺の木で作った桶を用意します。そこに水を張るんですけど、だの井戸水じゃないんです。

 大地から湧き出た清水に月桂樹の朝露を五滴たらす。そこにワイルドアンジェリカの蕾を一玉分バラして、八分と三秒水に漬ける……時間は必ず守らなきゃいけないそうです。そしてすぐに引き上げたら清水の水面に満月を一時間浮かべて水は完成です。

 その水にさざれ石と浄化したい石を沈めて浄化開始。その時気をつけなきゃいけないのが、水面に映った満月はずっと保っておかなきゃいけないんです。

 それで石が綺麗になったら引き上げて終了です」


 気の遠くなるような手順に意識が遠のく。後ろの皇子殿下なんてあくびしちゃってるし!


「け、結構手間かかるんですね……」

「昔の人は安いさざれ石で石を浄化しようとしていたらしいですから、先人の知恵ってやつですね」


 店員さんが机の上で何かをメモしている。

 それはあっという間の出来事で、数回瞬きをしているとそのメモ用紙は私の手の中へ落とされた。


「手順をまとめてみたので、よかったら試してみてください」

「ありがとうございます!」

「まあ、ここまでしなくてもまたこのさざれ石を買いに来てくれた方が楽な気もしますけどね」

「ははは……頼りにしています……」


 さざれ石を受け取ると、無理やり口元を上げた。

 ああ、今すぐ帰ってこの浄化方法を試したい。

 次の満月はいつだっただろうか?



「すみません、お待たせしました」

「もういいのかい? じゃあ行こうか」


 そして当たり前のようにさざれ石を取り上げられると、 再び私の右手は皇子殿下の手に収まるのだった。

 もう抵抗をする気すら起こらなかった。



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