12,どストライク

 正直に言おう。超楽しい。


「あっ! モリンガの苗がある! こっちはエンマー小麦!」

「バースニップにペイシェンスドックも……色んな種類が揃ってるね」

「カル、ロ……様も随分とハーブにお詳しいのですね」

「というか、あの畑に何を植えようかと考えている内に詳しくなったんだ」

「え、あれ全部カルロ様チョイスだったんですか⁉」

「うん、少しでもメグに喜んで貰いたくて」

「ぐぅっ……!」


 純情無垢な笑顔が眩しいっ……! まるで褒めて貰える大型犬のような……! って皇子殿下に向かって大型犬は失礼か。


「畑にない種類があるね、試しに買って植えてみようか!

 畑の一角、まだ空いていたよね?」

「空いています! じゃあこれとこれと……そっちのハーブも!」

「ついでに新しい花も植えようよ。これも包んでくれ」

「まいど! すぐにお包みしますね!」


 ここが天国か。沢山のハーブに囲まれて召されそうだ。

 今まで森の中で育てていたのは普段使いに必要なものだけだった。本当は色んな種類のハーブを育ててみたかったけど、残念ながら畑の面積の問題で断念していた。


 森の中だから面積なんていくらでもあるじゃないか、って思った?

 ハーブというのは意外と繊細な種類が多い、整地されていない野生の土地に植えると高確率で枯れるのだ。


 注文したハーブを包んでもらうこの時間ですら愛おしい。


「嬉しそうだね?」

「そりゃあもちろんです! 今まで本の中でしか見たことがなかったハーブをようやく育てられると思うと……‼ 今から楽しみで楽しみでしょうがないです!」

「メグが楽しそうで僕も嬉しいよ」


 育て方なら本で読んだことがあるし、大体のことは頭に入っている。楽しみだなあ……‼


 ふと、皇子殿下の視線が棚の端っこに流れた。

 その先にはエディブルフラワーやナッツが使われたクッキーが並んでいる。おまけ程度に置かれているのだが、美味しそうだ。


「甘いものがお好きなんですか?」

「いや、僕じゃなくてジェイランの分だ」


 ここに来るまでに何度か名前の挙がった、皇子殿下の側近。

 いつも難しい顔をしているので(多分皇子殿下に振り回されているせい)甘いもの好きという意外な一面は親近感がわく。


 皇子殿下はエディブルフラワーで色鮮やかに彩られたクッキーと、ナッツとチョコレートが贅沢に練りこまれたクッキーを手に取り、苗を包装してくれている店主のいるカウンターに置いた。

「これも頼む。支払いはこれで足りるかな?」

「はい! 毎度ありがとうございます、カルロ皇子!」


 ……思いっきり身分バレてるんだよなあ。


 私も自分の分の支払いに行こうと皇子殿下の後ろに行くと、目を疑った。明らかにクッキー二つ分の金額じゃないぞ。


「釣りは取っておいてくれ」

「ちょ、ちょっと! 私の支払いは自分でしますので!」

「ここは僕に華を持たせてくれないか」

「そんなことしなくてもカルロ様はいつも華やかです!」

「あ、そう?」


 そこ照れるところじゃないんだわ。


「ただえさえお給金も多すぎるくらい頂いているというのに!」

「お待たせしました!」

「ありがとう」

「話を聞いてェ……」


 自由か。沢山購入したハーブの金額は、そこそこいい値になっていたはずだ。

 仕方が無い、お金は帰ってから皇子殿下のポケットにねじ込むとしよう。


 店主に良い笑顔で差し出されたハーブを受け取ろうとすると、横から伸びてきた手に全てかっ攫われた。


「じゃあ次のお店に行こうか」

「自分で持ちます、持たせてください!」

「じゃあコレを持って貰えるかな」

「はい……いや、なんでカルロ様の左手‼」

「はっはっは」

「キィィィイイッ‼」

「メグは悔しがる顔も可愛いね」

「そんなに疲れているんですか?」


 人の悔しがる顔を見て可愛いって思うとか……医者なら城に沢山居るだろうに、それとも帰ったら眼疲労に効くハーブを調合してポプリを渡そうか。


 引き摺られるようにして店の出入り口に向かうと、店主と目が合った。めっちゃにこやかだ。


「(ああ、しばらくこの店に来るのはやめておこう……)」


 なんか……凄い勘違いされているような気がする。折角品揃えのいい店を見附と思ったのに!


 結局皇子殿下の力に叶うはずも無く、半ば強制的に店を後にするのだった。




「どうだった? メグのお眼鏡にかなったかな」

「ええ、とっても素敵でした……」


 ただし、次に行くのは数ヶ月後だ。

 皇子殿下の持つ袋の中でも一番上に置かれている小包が、音を立てて揺れている。


「ジェイランさん、クッキー喜んでくれるといいですね」

「そうだね。 このクッキー一つで脱走のお説教が数分短くなるなら安いものだ」

「あ、そういう使いかたですか?」


 聞いてなんとなく少し苦い気持ちになった。

 その説教多分、私も巻き込まれるやつですよね。


 私の気持ちを悟ったのか、皇子殿下は少し困ったように笑った。


「大丈夫だよ、ジェイランはああ見えて女性には優しいんだ。

メグを頭ごなしに叱ったりなんてしない」

「それは存じておりますが、悪いことをしているのだからちゃんと謝りましょう」

「……メグにそう言われると弱いな」


 当然のことでは……?


「前から思っていたんですけど、皇子殿下とジェイランさんってとても仲がいいんですね」

「うん。幼い頃からの付き合い……乳兄弟って言ったらいいのかな? 兄弟みたいに育ったから」


 多くを語ってもらわずとも分かる。彼らの間には彼らしかわからない絆があるのだろう。


 人の関係が希薄な私にとっては未知の世界でもあり、ほんの少しだけ羨ましい。


「ジェイランさんのこと、とても信頼されているんですね」

「うん。 ジェイランがいなかったら今の僕はきっとここに居ないよ。

 幼い頃からずっと側で支えてくれて、異国の地に行った時も常に護衛してくれていたんだ。彼には感謝してもしきれない」


 おお、なんと美しい友情だろうか。


 ジェイランさんの好きなものや、趣味、今までの女性関係などなどエトセトラ。

 皇子殿下が細かに、それもとても楽しそうに話してくれるので、ものの数分でジェイランさんについて詳しくなった。


 ふと視線を横に逸らすと、露店屋台の前にいた人物と目が合う。


「……」

「(あああああ……)」


 私は顔を伏せた。


 私の隣には意気揚々とジェイランさんの個人情報を流出させる皇子殿下。

 そんな様子を露天屋台の前の客改め、ジェイランさんがものすごい顔で見ていたのだ。


「おうっ……カルロ様! こっちの店に入ってもよろしいでしょうか⁉」

「え? ああ、いいよ」

「新しいさざれ石が欲しかったので‼ ちょうど良かったです‼」


 だめだ、あの目はいけない。

 今ジェイランさんに捕まったら説教が始まり、夜が明ける。間違いない。

 少しインターバルをおいて……いや時間が解決してくれることなのだろうか。


 どちらにせよ今ジェイラン様と接触するのはいいことではない。信じろ私のシックスセンス。


 近くにあった店を指さすと、皇子殿下の手を引いて暖簾をくぐった。

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